第4話 悲しい!俺の立ち位置!

 女の子に対して不誠実なことをすると、ミイルに虫けらを見るような目で見られる。

 なので俺は、ワンナイトしてしまった相手が望むなら、カレシカノジョという枠に収まることにしている。

 いつもフラれるのは俺だ。だって釣った魚に餌をやらない男の典型だし、そもそも優先順位がミイル>バイト>友達>勉強>何をどうやっても超えられない壁>カノジョだから、相手のほうも愛想を尽かすってものである。

 私とそのミイルとかいう女とどっちが大事なの!?

 幾度となく、カノジョとの約束を反故にするたびに言われてきた常套句であるが、そんなもんぽっと出の一晩の女よりおしめを変えたミイルだろという話である。(変えてない)


「チカくん、なにやってんの?」


 ミイルの高校の文化祭に来ている。

 ほんとうはヒカルと一緒に来ていたんだけど、ヒカルが「トイレ」と一言残して消えてしまい、一番近いトイレに行ったもんだと思って待っていたが、いなかったので、ぼっちになって探していたところで、うさ耳メイド服姿のミイルと遭遇した。

 ちょっと、何それ、検閲に引っかかるレベルのかわいさなんで規制してほしいんですが? なんの検閲だよって、そりゃあ俺の性欲検閲……。


「ミイルがなにやってんの?」

「え? メイド喫茶」


 きょとんとして首を傾げたミイルのその姿はナポレオンの辞書にかわいいで追加されてしまうレベルのやつ。


「これね、みんなでわざわざ布からつくったんだよ、すごくない?」

「え、すごい。ミイル裁縫できたっけ?」

「まあ、ミシン使うくらいはできる……」

「そっか。がんばったんだね」


 うさ耳を邪魔しないように頭を撫でると、にこーっと笑って持っていた段ボールを俺に見せた。カラフルな油性ペンで何か書いてある。


「ん? 2-A、メイド喫茶やってまあす?」

「そう! 客引きやってるの、チカくんもおいでよ!」

「あ~、待って、俺今ヒカル探してて……」

「おにい? おにいどこ行ったの?」

「それが分かんないんだよ」


 ミイルがきょろきょろするたびに、カチューシャのうさ耳が揺れる。どうやら耳にはワイヤーが入っているようで、へたれない。ピンクのうさ耳がミイルのラズベリーピンクのリップによく似合っている。


「……ミイル、そのリップ新しい?」

「あれっ、分かる!? これ、おにいが誕生日に買ってくれたの!」


 妹の誕生日に口紅買う兄ってどうなの?


「すげえ似合ってる。いいね、肌色映える」

「ほんと? ちょっと大人っぽすぎるかなって思ったけど……」

「そう? かわいいじゃん」

「やった~、えへへ」


 ちょっと照れたようにへらりと笑うミイルがほんとかわいい。褒められたことを過剰に謙遜せずに受け入れているのが、自然体でいい。

 へらへらと笑い合っていると、通路をどすどすと音を立てて歩いてくるヒカルの姿が見えた。


「おいチカ! どこ行ってたんだよ!」

「俺のセリフなんだけど?」


 というわけで、ヒカルも連れ立ってミイルのクラスのメイド喫茶にお呼ばれすることになる。

 2-Aの教室は、それはそれはかわいらしい装飾が施されていて、中に入るとそれはそれはかわいらしい――、


「詐欺じゃん?」


 となりでヒカルが呟く。

 中に入ると、野太い声でいらっしゃいませと言われ、迎えてくれたメイドさんたちは揃いも揃っておまえらラグビー部だろと言わんばかりのすごいごつい男たちだった。

 高校生でこのガタイ集めてくるの、すごすぎない?


「客引きはミイルにさせといて、こんなん詐欺じゃん?」


 ヒカルはたぶん、ミイルみたいなかわいい女の子たちを期待していたんだろうな。俺には負けるけどヒカルもまあまあ女の子好きだし。


「立花、知り合い?」

「うん。おにいと、チカくん」

「あ! 噂の!?」


 噂の?

 首を傾げると、ラグビー部主将みたいな男がその素朴な顔のパーツを精一杯中央に寄せて笑い、言い放った。


「立花がいっつも、チカくんがね、って自慢してくるんすよ!」

「自慢って?」

「チカくんはかっこよくて頭もよくて、話も面白いしいつもいろんなとこに連れてってくれる~って言ってる!」


 ラグビー部主将の言葉をつないで、ミイルが腰に手を当てていばる。

 って、は? かっこよくて頭よくて? 話面白くて? 褒めすぎでは? え、なにもしかしてミイル俺のこと好き?


「立花の新しい時計もチカくんの誕生日プレゼントなんだろ?」

「そだよ~!」

「めちゃくちゃ喜んでたもんなあ」


 べた褒めされていい気持ちになったのも一瞬だった。

 待って、ラグビー部主将、なんでそんなにミイルのこと詳しいの?

 にこにこしているミイルと、同じくにこにこしているラグビー部主将が目を合わせてますますにっこり笑う。


「……仲いいんだね」

「え? そりゃあ……」


 何か言いかけたラグビー(略)の表情が、俺を見て固まった。

 ヒカルが俺のわき腹を小突く。はっとして笑顔を取り繕う。


「なあミイル、喉渇いてんだよ、ここメイド喫茶なんだから飲み物くらい出るんだろ?」

「出るよ、お席ご案内しま~す」


 俺の表情の変化にはまったく気づかなかったらしいミイルが、俺たちを空いている席に通す。座ってメニュー表を見ながら、ぼったくってくれるな~と思いつつもアイスコーヒーを注文する。

 メニュー表を放り出して頬杖をつくと、ヒカルがあきれたように言った。


「なあチカ、ただの友達だよ。そんなイライラすんなって」

「ただならぬ仲なのかそうでないのかはあんまり重要じゃなくて」

「おう」

「あ、いや重要か、カレシとか言われたら立ち直れねないね」

「お、おう」


 あれ、俺は何が話したかったんだ? ああ、そうそう。


「……友達になんの含みもなく喋れる俺という存在が憎い」

「ハ?」

「もっと俺がミイルに好きな人扱いされてたら、照れたり、なんかこうあの、色気のある喋り方になるでしょ、それが俺はどこまで行ってもお兄ちゃんの親友のチカくんなんだと思い知らされ…………」

「……」


 テーブルに肘をついて身を乗り出してきたヒカルが、片眉を上げていかにも不憫に思っているふうな表情をつくった。


「ンなことねーって。少なくともほかの男よりはいい位置につけてるだろ」

「好感度は高いかもしれないけど、でもそれがイコール恋人に近しい位置かどうかは疑わしい……」

「あー……」


 否定しろよ。


「お待たせいたしました~、コーヒーとオレンジジュースです」


 ラグビー(略)がコップに入った飲み物を持ってくる。そこはミイルじゃないんだな……と思って見渡せば、ミイルの姿がない。

 きょろきょろしている俺に気づいたのか、ラグビー(略)が明るい声で言った。


「立花は今の時間客引き係なんで、また外行ってますよ!」

「あ、そう……」


 ていうか、俺はここに何をしに来たって、ミイルに会いに来たのに。ていうかミイルがいなきゃ高校の文化祭なんてまず来ないのに。

 あのミルクティー色の髪の毛がいなくなってしまった。悲しい。

 ずぞぞ、とコーヒーをすすりながら、ため息をつく。はあ。


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