16 蔦莉
奈々さんと会ってから一週間が経ち、学校では終業式が行われた。
「––––えぇ、あなたたちは
相変わらず長い校長先生の話を聞く私の心で、『蔦莉ちゃん。それは、恋・・・だよ』と言う奈々さんの言葉が木霊する。
あのあと、私は自分の気持ちについて考えたが、よく分からなかった。正直、『好き』とは何か分からないし、そもそも自分の『心』があるのかも分からなくなった。いつかの文章問題に、人は『心』があると思っているだけで本当はないのだ、と書かれていたのを思い出したのだ。そこから、私はもう何がなんなのか分からなくなった。そして、考えるのをやめて、『なんとなくモヤモヤしたのは、蔦くんが今まで私にとって近い存在で、急に生活が変わっていつもと違う感情を抱いたから』ということにした。自己完結したら、少しだけ心が軽くなった気がした。でも、蔦くんとはコンタクトを褒めたとき以来、話せてないが––––。
「私、ふられたんだ。」
その日の帰り道、
「えっ!紫花、ふられたの?!って、告白したの!?」
私は、紫花を同情する気持ちよりも先に安堵してしまったことに、恥じらいを覚えて、急いで自分を戒めた。
「そうなの。私、蔦莉ちゃんが背中をしてくれたから、告白したんだ。伊藤君、この前コンタクトに変えたでしょ。ちょうどそのあと。」
そう話す紫花は、どこかすっきりした顔をしていた。私は、茫然としながらも「うん」と相槌を打つ。
「校舎裏の人通り少ないところあるでしょ。そこに呼び出して、好きですって言ったんだ。だらね伊藤君、『ごめん。僕好きな人いるから。その子以外の子とは考えられないから。本当にごめん』って真っ赤な顔でね、言ったの。即答だよ!すごくない?その子のことを、そんなに愛しているんだ、勝ち目ないなって、思ったの。」
そう言って、紫花は悲しそうに、切なそうに微笑んだ。本当に蔦くんのことが好きなんだな、と思いながらも
「そ、っか。」
と言った。
混乱している頭で何を言えばいいのかを考える。『大丈夫?』は違うだろうし、『残念だったね』も違うと思う。『その子、愛されてるんだね』は絶対だめだ。何を言えばいいのだろう。第一、さっき紫花自分で言っていたし。
こんな時言う言葉ってあるのかな、と言葉選びに諦めた私は
「そっか。」
と、もう一度言った。紫花は、そんな私を横目で見ながら大股で3歩ほど歩き、振り返って言った。
「そうなんだ!だから、悪役は退散するね!」
彼女は、無理やり作ったような笑顔で、自分に言い聞かせるようにそう言った。見ている私が苦しくなるような笑顔だった––––。
そのあとの土曜日、私は改めて蔦くんと話したいなと思い、彼の家を訪ねた。二階建ての蔦くんの家は、
彼の家の前に着いた私は、暴れる心臓をおさえながら息を軽く吸い、インターンフォンのボタンを押した。
ピーンポーン ピーンポーン
電子音の数秒後に、家の中から足音が聞こえ、
[はい。]
と、蔦くんの声が聞こえた。想像していた声より低くて、どきっとした。
「蔦莉です。」
私が言うと、
[・・・ちょっとそこで待ってて。]
と、蔦くんは焦ったように早口で言った。すると、また足音が聞こえ、ガチャっとドアが開いた。そこから、彼が顔を覗かせ、
「いらっしゃい。」
と言った。私は、無性に恥ずかしくなり俯いて
「久しぶり。」
と呟いた。彼は、頬をかきながら「おう。」と言った。少しの間沈黙が続き、思わず私は顔を上げ
「・・・あの、さ!久しぶりに、歌ってみたしよ!」
と、声を上げた。蔦くんは、驚いた顔になったと思いきや、次の瞬間には、散歩前の子犬のような顔になり、
「うん、しよ!上がって。」
と言った。蔦くんは、外に出てきて鉄格子を開け、私を家の中に入れてくれた。
蔦くんの家の中は、あたたかく感じた。私は慣れた手つきで玄関に入り靴を脱いだ。先を行く蔦くんの背中を追いかけながら、幸せだなと思った。そういえば、蔦くんは背が高くなった。前は、私と同じくらいだったのに、見上げないと視線が合わなくなった。そのことがわかると、少し悲しくなった。この世界は、変わるものばかりなんだなって、実感して––––。
「蔦くんさ、身長伸びたでしょ。何センチ?」
私は急に聞きたくなり、彼に問いかける。
「うぅん––––」
と、蔦くんは唸ってから
「––––168くらい、かな。」
と言った。やっぱり大きくなった。そういえば、声もしばらく聞かない間に少しだけ、低くなった。
「蔦莉は?」
蔦くんが階段をのぼりながら言った。彼の声と、トントントンと軽やかな足音だけが、響いている。
「えっと、私は157くらいかな。」
私も、階段をのぼりながら言った。その言葉を聞いた蔦くんは、少し寂しそうな顔をした。が、次の瞬間には笑顔に戻り、
「ちっちゃいね〜!」
と無邪気に振り向いた。その無邪気さに、とくん、と心臓が高なった。
蔦くんが、部屋のドアを開ける。その瞬間、彼特有の優しい香りが広がり、包まれた。
「どうぞ、入って。」
と、はっきりと言った。前は、ボソボソ言っていたのに––––。私は、また少し悲しくなった。
蔦くんは、私がソファに座ったのを確認してから、
「何歌う?」
と言った。そういえば、何も決めてなかったな、と思い
「ふじさんの曲にする?」
と私は言った。
「そうだね。何がいいんだろ。」
そう言って、彼は口に手を当てて考え込む。私は、まつげ長いなと思いながら、白い彼の顔を眺めていた。そんな私の視線を感じたのか、彼は
「なんか付いてる?」
と、顔を上げた。その瞬間、目が合った。私はいたたまれない気持ちになり、
「何もない。」
と下を向いた。そんな私を横目に、彼は「そっか」と呟き、また口に手を当てて考え出した。
「・・・」
「・・・」
沈黙が続き、私は気まずい思いをし、
「オリジナル曲!・・・作るのは、どう・・・かな。さっき言ってたのとは違うけど・・・。」
と、言った。だんだん小さくなっていく声を聞いて、私はまだ彼を恐れているのだと、悟った。私のその言葉を聞いた、私の心中を知らない蔦くんは、
「オリジナル曲!?いいね!」
と無邪気に笑った。彼の笑顔を久しぶりに見て、心臓がドキドキと鳴った。でも、彼が私のことを恐れていないことに少しだけ、ほっとした。
「どんな曲にする?」
私は、そう言ってノートを取りに行く彼に見てれてしまった。蔦くんはノートに手を伸ばしたが、何かを思い出したように振り向いて、
「そうだ。お茶出してなかったね。僕、煎れてくるよ。」
と、言った。
「そんな、そんな!大丈夫だよ。」
と私は言ったが、蔦くんは、
「いいの。蔦莉は待ってて。」
と言って、ドアノブに手をかけ外に出た。その瞬間、肌寒い風が流れ込んできた。私は申し訳なくなり、急いで立ち上がり、蔦くんを追いかけた。そして、もう階段を降りようとしている彼の服を少しひっぱり
「それなら、せめてお手伝いをさせて。」
と、言った。すると、彼は耳まで真っ赤にして
「いいの。蔦莉はお客さんなんだから、待ってて。」
と言って階段を降りていった。
「ありがと」
と私は、その背中に小さく呟き、部屋に戻ってソファーに座った。
彼の優しさが、私の白黒だった心に華やかな色を付けた。その色のつき具合が綺麗で、嬉しくなった。もう、悩んでいたことがどうでもいいことのように思えて、安堵した。
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