第61話 入店と凝視と

 貫奈の『告白』が飛び出した場面から、少し時間は遡り──春輝と貫奈が居酒屋に入った、少し後。


「すみません、無理を聞いていただきまして……」


 同じ居酒屋の前で、伊織は樅山課長に頭を下げていた。


「いやいや、別にこれくらい全然構わないのだけれどね」


 言いながら、樅山課長はチラリと伊織の背後に目をやる。


「今日はよろしくお願いしまっす!」

「お世話になります」


 露華が明るい笑顔で敬礼のポーズと取り、白亜がペコリと一礼した。


「えーと、君たちは小桜さんの妹さんだったよね……?」

「はい! 小桜露華でぇす!」

「小桜白亜です」


 樅山課長へと、二人が改めて自己紹介する。


「すみません……一旦帰って事情を話したら、この子たちも来るって聞かなくて……」


 恐縮しながら、伊織は再び頭を下げた。


「いやぁ、ウチも居酒屋って興味津々で!」

「居酒屋といえば、大人の象徴。わたしも、行ってみたいと思ってました」


 伊織が樅山課長に願ったこと。

 それは、『一緒に居酒屋に行ってほしい』というものだった。

 本当の理由はもちろん春輝と貫奈のことが気になるからだったが、名目上は『行ってみたいお店があるけど、居酒屋だから未成年だけだと入れないので』ということにしてある。


「ははっ、構わないよ。何人でも一緒だしね。ただ、くれぐれもアルコールは頼まないようにね? 私の監督責任が問われちゃうからね」

『はいっ』


 注意する樅山課長に、三人声を揃えた。


「それじゃ、行こうか」

『はいっ』


 再度声を揃えて、居酒屋の中に入っていく。


「いらっしゃいませー!」

「四人、禁煙席でお願いします」


 迎えてくれた元気な女性店員に、樅山課長が指を四本立てて見せた。


「承知致しましたー! こちらへどうぞ!」


 幸いにして、案内されたのは春輝たちの様子が窺える席だ。

 しかも春輝たちはこちらに背を向けているため、ロケーションとしてはベストと言えた。


「お先に、ドリンク伺いましょうかっ?」

「じゃあ、こちらはとりあえず生で……君たちは、どうする?」


 自分のオーダーを伝えた後、樅山課長が伊織たちにメニューを差し出してくる。


「えーっと……ウチは、烏龍茶で!」

「わたしは、緑茶」


 軽くドリンクメニューに目を通し、露華と白亜も店員さんにそう伝えた。


「………………」


 そんな中、伊織は春輝たちの背中をジッと見つめたままで何も言わない。


「……イオ姉?」

「お姉、お姉ってば。ドリンク、先に決めなって」


 白亜が首を傾け、露華が伊織の腕を肘で突いた。


「あっ、うん、タピオカミルクティーで」


 そんな二人に目を向けることもなく、伊織はそう口にする。


「お姉、こういう居酒屋にタピオカミルクティーは……」

「はい、ご注文承りましたぁ! 生、烏龍茶、緑茶、タピオカミルクティーですねっ!」

「あるんだ……タピオカミルクティー……」


 露華の苦笑が、店員さんの返事によって驚き顔に変わった。


「それでは、すぐにお持ち致しまぁす!」


 店員さんが去っても、伊織の視線は動かない。


「……なるほどねぇ、そういうことかい」


 その先を見た樅山課長が、納得の表情を浮かべた。

 どうやら、伊織の『本当の目的』に気付いたらしい。

 もっとも、ここまでガン見しているのだからそれも当然のことと言えよう。

 伊織としても、気付かれないとは端から思っていなかった。


 自分だけでは居酒屋に入れないだろうと考えた伊織が同席相手として樅山課長のことを選んだのは、彼ならばこの件を無闇に言いふらすようなことはないだろうという信頼ゆえのことである。


「それじゃ、私も彼らを肴にさせてもらおうかな」


 果たして、樅山課長のコメントはそれだけであった。


「ほら、今のうちに食べるものも決めておこう。私は何度か来ているけど、この店は料理もなかなかだよ。お酒を飲まなくても通う人だっているしね」


 それから、フードメニューを開いて伊織たちの方に差し出してくる。


「あっ、はい」

「ありがとうございます」


 露華と白亜がメニューを見る中、伊織の目は春輝たちの方を向いたままだ。


「ドリンク、お待たせ致しましたぁ!」


 とそこで、先程の女性店員がトレイを持ってやってきた。


「生、烏龍茶、緑茶、タピオカミルクティーです! よろしければ、フードの注文も承りますがっ?」


 店員さんはドリンクをテーブルに置いた後、ハンディターミナルに手を伸ばす。


「とりあえず、枝豆と鶏皮ポン酢を……どう? そっちはもう決まったかな?」


 樅山課長が、伊織たちの方を見ながら首を傾けた。


「えと、ウチはチーズタッカルビ、あとTKGお願いしますっ!」

「わたしは、たこわさと鮭茶漬けを」


 それぞれ注文した後、伊織に目を向ける。


「……イオ姉、食べ物の注文」


 今度は白亜が伊織の腕を肘で突いた。


「あっ、うん、タピオカを」


 やはり伊織の視線は動かない。


「イオ姉、タピオカ単品なんて……」

「はい、ご注文承りましたぁ!  枝豆、鶏皮ポン酢、チーズタッカルビ、TKG、たこわさと、鮭茶漬け、タピオカですね! 少々お待ちくださぁい!」

「あるんだ……というか、タピオカ単品ってどういう状態で出てくるの……?」


 白亜の苦笑が、店員さんの返事によって興味深そうな顔に変わった。


 そんなやり取りの間にも、伊織の目は春輝たちの背を見たままであった。

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