第53話 食卓と談笑と
『いただきます』
声を揃えて、一同手を合わせる。
「白亜ちゃん、学校どう?」
食事を進めながら、春輝は白亜へと話題を振った。
特に思うところがあったわけでもなく、単なる雑談の一種である。
「……ハル兄、その話題の振り方は娘との接し方がわからないお父さんみたい」
「うぐっ……」
そして白亜の指摘に、否定出来る要素がなくて呻いた。
「ふふっ、冗談」
そんな春輝を見て、白亜は小さく笑う。
「とはいえ、特別に報告するようなこともないけど」
「確かに、質問がバックリしすぎか……じゃあ、新しい友だちは出来た?」
「うん。友達の友達と一緒のクラスになったりで、グループの輪が広がった」
「そりゃ何よりだ。勉強は、ついて行けてるかな?」
「んー……数学が、ちょっと難しく感じるようになってきたかも」
「そっか。俺もある程度は教えられると思うから、わからないとこは聞いてくれていいよ」
「ありがとう、そうする」
コクンと頷いた後、白亜が笑みを深めた。
「春輝クンが中学生だったのって、十年以上前っしょ? ホントにわかんのぉ?」
とそこで、露華がわざとらしく懐疑的な声で会話に割り込んでくる。
「まぁ一応、理系だからな」
「そなんだ? じゃあ、ウチも教えてもらっちゃおうかなー?」
「高一の春なら、まだⅠAだろ? それならまぁ、たぶん大丈夫」
流石に、高三の課程辺りまでいくとちょっと怪しい気もしなくはない春輝である。
「んっふっふー。まぁウチは成績優秀だから、個人レッスンの機会はあんまり訪れないかもだけど。残念だったね、春輝クン?」
「はいはい、困ったらいつでも聞いてね」
「あー、全然信じてないっしょー?」
軽く流した春輝へと、露華がジト目を向けてくる。
「それより、露華ちゃんの方は学校で困ってるようなことはない?」
流しがてら、今度は露華へとその質問を投げかけた。
ついでのようなタイミングではあったが、ちゃんと確かめておきたいことでもある。
「んっ……」
その瞬間、露華の表情に陰りが生まれた。
「実は……」
言いにくそうに、口ごもる露華。
「……入学早々男子から告白されちゃってさー! いやぁ、困っちゃうよねぇ!」
かと思えば、その表情が自信満々のドヤ顔に変わる。
「ねぇねぇ、春輝クぅン。ウチ、どうすればいいかなぁ?」
露骨に装われた困った風の口調で、露華は春輝の方に向けて軽く身体を傾けた。
「好きにすればいいだろ……」
「え~? ウチがどこの馬の骨とも知れない男子と付き合っちゃってもいいわけぇ?」
「自分に告白してくれた子を、どこの馬の骨とも知れないとか言うなよ……」
苦笑気味に返す。
(実際、露華ちゃんが誰と付き合うかなんて俺が口を挟むことじゃないっての……)
と、考えたところで。
(あれ……? なんか今……)
モヤッとしたものが生じた気がして、春輝は自らの胸を押さえた。
「おっとぅ? 春輝クン、今なんかモヤッとしちゃいましたかなぁ?」
ニマァ~っと露華の笑みが深まる。
「い、いや……」
そんなことはない、と答えようとしたところで。
「あっ、お姉ー。お醤油取ってー」
露華はスッとフラットな表情となって、伊織の方へと顔を逸らしてしまった。
「おい、振るだけ振って梯子外すなよ……」
「いや、なんかもうオチが見えたしいっかなって。どうせ、『今のは父親的な立場としてのやつだから』とか言うつもりでしょ?」
「お、おぅ……」
まさしくそう言うつもりだったため、何も反論出来ない春輝である。
「ねぇお姉、聞いてる? お醤油ー」
完全にその件への興味を失った様子で、伊織へと催促する露華。
「……あ、うん」
何やらボーッとした様子で春輝たちの方を見ていたらしい伊織が、手を伸ばす。
「ん、いいよ俺が取るから」
位置的に春輝の方が近かったので、春輝も醤油差しへと手を伸ばした。
しかし春輝の声が聞こえていなかったのか、伊織が手を引っ込めることはなく。
『あっ……』
結果的に醤油差しの上で、二人の手が重なる。
「ごめ……」
「ごめんなさいっ!」
春輝の声に被さる形で謝りながら、伊織が勢いよく手を引いた。
その際に指が引っかかったらしく、醤油差しがひっくり返る。
「きゃっ!?」
「うおっ!?」
テーブル上に黒い液体がぶち撒けられる様に、二人で目を剥いた。
「すすす、すみませんっ! すぐに拭きますのでっ! ハンカチハンカチ……!」
「ちょっ、伊織ちゃんそれハンカチじゃなくてスカートの裾ぉ! 汚れるのもマズいけど何より絵面がヤバいから! とりあえず一旦手ぇ下ろして!」
「ふえぇぇぇぇぇぇ!? すみませぇん!」
スカートを持ち上げようとする伊織の手を押さえたり、それに対してまた伊織が激烈に反応したり、そんな中で白亜はマイペースに箸を進めていたり……と。
いつも以上の騒がしさの中で。
「……ふぅ」
安堵するかのような……あるいは、何かに悩んでいるかのような。
そんな露華の溜め息を気に留める者は、誰もいなかった。
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