第29話 仮装と外出と

 かつては希少で、最近ではさほど珍しくもなくなった春輝の休日。


 以前であればたまの休日も一日中寝て過ごすことが多かったが、今では普通に活動する余裕も出来てきた。

 今日も、朝からちゃんと起きており。


「あなたのキスが私の力に……! キスミーホワイト……!」


 白亜のコスプレ姿の初披露に立ち会っていた。

 現在の彼女は、『キスから始める魔法少女』……通称『キスマホ』の主人公が変身した魔法少女の衣装を身に着けている。

 多少の照れは見られるがその立ち振る舞いは堂々としたもので、慣れを感じさせた。


「おぉ、可愛い可愛い。それに、よく似てるよ」


 パチパチと手を叩きながら、春輝は本心からの言葉を送る。

 『キスマホ』の主人公は中学生という設定なので、年齢的にもちょうどマッチしていた。


「世界の平和のために……キス、して?」


 白亜がズイッと迫ってきて、上目遣いにキャラの台詞を口にする。


「うん、上手い上手い」


 その再現具合に頷いていると、白亜はプクッと頬を膨らませた。


「イオ姉やロカ姉相手だったら、もっと違う反応するくせに……」

「い、いや、そんなことはないけど?」


 というか白亜相手にも若干ドキッとしてしまったのだが、それは口にしないでおく。


「来年には、わたしだってロカ姉くらいになってるし……」


 不満げにブツブツ呟く白亜は、普段よりも更に子供っぽく見えた。


(白亜ちゃんが、ここから一年で露華ちゃんみたいになれるかっつーと微妙だよなぁ……)


 これも口に出さず、そっと露華の方に目を向ける。


「おっとぅ? 春輝クンからの熱ぅい視線を感じるぞぅ?」


 するとそれを敏感に察知したらしく、ニンマリと笑ってしなを作る露華。


「さては、ウチにもコスプレしてほしいって催促だねっ? それも、とびっきりセクシーなやつを! 春輝クンの目がそう訴えてる!」

「いや。この衣装、露華ちゃんが作ったんだろ? よく出来てるなって思ってさ。普通に売ってるやつと遜色ないんじゃないか?」


 誤魔化すための言葉ではあったが、これはこれで素直な感想である。


「まさかの真顔でマジレス」


 そして春輝のそんな反応に、スンと露華も真顔となった。


 実のところ、露華のセクシーなコスプレ姿を見たくないのか? と問われれば首を横に振らざるをえないのだが、これも勿論口にはしない。


「春輝クン、なんかさ。だんだん、ウチの扱いが雑になっていってない?」

「なんか……露華ちゃんは、もういっかなって」

「つまり、ウチは春輝クンにとっての特別ってことだね!」

「意外とめげないってこともわかってきたしな」


 グッと親指を立ててくる露華に、適当に頷いておく。


「春輝クン争奪レースは、ウチが暫定トップって感じ?」


 パチンとウインク一つ、露華は春輝の手を取って身を寄せる。


「こーら露華。またそんな冗談言って、春輝さんを困らせないの」


 それに対して、伊織が指を立てて叱りつけるというお馴染みの光景。


「……さーて、ホントに冗談だと思う?」


 いつもであれば露華が表面上だけ反省の態度を見せて終わる場面なのだが、今回の露華はなぜか挑発的な笑みを伊織に向けた。


「ど、どういう意味……?」


 戸惑った様子で、伊織が尋ね返す。


「やー、敵は外だけにいるとは限らないっていうか? 油断してると、ウチが掻っ攫っていっちゃうこともあるかもよ? ってね」

「私は別に、そんな、今のままで……」

「そういうスタンスでいると、『今』まで失っちゃうかもってこと」

「それは……」


 話の内容はイマイチわからなかったが、何やら不穏な空気だけは伝わってきた。


「と、ところで皆、時間は大丈夫なのか? そろそろ出るって行ってなかったっけ?」


 ので、とりあえず話題を変えてみる。


「っとと、確かに」

「あ、ありがとうございます春輝さん」


 すると、それぞれ腕時計に目を落として二人は若干焦り気味の表情となった。


 今日の予定としては、三人それぞれが外出すると聞いているが。


「露華、白亜、ハンカチは持った? ティッシュは? お財布もちゃんと持ってるね?」

「はいはい、持ってるって」

「バッチリ」

「白亜、知らない人についていっちゃ駄目だよ? 寄り道も程々にね? 狭い路地とかは危ないから入っちゃ駄目だよ? あと……」

「……イオ姉、なぜわたしにだけそれを言うのか」


 こんな風に注意をしている辺り、三人で一緒の場所に行くわけでもないらしい。


(ま、三人の行き先が違うのは今日に限ったことでもないみたいだけど。白亜ちゃんはコスプレしたまま出かけるみたいだし、イベントか何かに行くのかな……?)


 活動可能な休日が増え、定時上がりも珍しくなくなったがゆえに春輝が最近気付いたこと。

 それは、小桜姉妹の外出率の高さであった。

 プライベートなことだと思って行き先までは聞いていないが、ほとんど毎日のように出かけているようだ。

 帰ってくる時間も、三人バラバラ。

 今では、春輝よりも遅くなることもしばしばだった。


「だって、白亜はまだ小さいから……」

「失礼、わたしはもう小さくない」


 と、伊織の細かな注意に白亜は露骨な不満顔だ。


「確かに。中三って言ったらもうそこそこ大人なんだし、自分で色々考えられるよな」

「ハル兄……」


 春輝がやんわり介入すると、白亜が少し驚いた目で見上げてくる。


「……そう。わたし、もうそこそこ大人」


 春輝の言葉を噛みしめるように、はにかみ……次いで、ドヤ顔で胸を張った。


 どうやら大人扱いされたことが嬉しかったらしく、その頬は少し紅潮している。


「……なるほど、確かに」


 小さく頷く、伊織。


「ちょっと、口うるさくしすぎたかも。ごめんね、白亜」

「構わない。わたしは大人だから、寛大な態度で許す」


 引き続きしたり顔で、白亜が鷹揚に頷いた。

 そんな姿に、伊織がクスリと微笑む。


「てかお姉、そろそろマジで出なきゃな時間じゃん?」


 そして、露華の言葉に再び焦った表情となった。


「すみません春輝さん、今日もお夕飯が遅くなってしまうかと思いますが……」

「いや、それは全然構わないから。気にしないで、行ってらっしゃい」


 眉をハの字にすると伊織へと、軽く手を振る。


「はい、では行ってきます……」


 最後まで申し訳なさそうな顔で一礼する伊織を先頭に、三人は玄関を出ていった。


「……遊びに行ってる、って風でもないんだよなぁ。やけに疲れた顔で帰ってくるし」


 ドアが閉まってから、独りごちる。


 中でも、特にその傾向が強いのは伊織だ。

 帰ってくるのも一番遅いことが多いし、疲れを押し殺した感じの笑みを浮かべて夕食の用意をする姿も気になっていた。


「……疲れてる、か」


 自分の独り言と、それから。


 ──お姉は、ウチらの前じゃ『お姉』になっちゃうからねぇ


 先日の露華の言葉からふと思いついたことがあって、春輝は踵を返した。

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