第6話(4)

 次の日──……

朝早く、純が登校してみると、夏休みだと言うのに学園は人で溢れていた。

他のクラスや部活動の中には、既にいち早く具体的な準備を開始しているところもあり、あちこちから、木鎚を打つ音や鋸を引く音が聴こえる。

舞台監督である純と助監督の夏子は、みんなが集まるより少し早く、自分たちのクラスに訪れた。

二人とも、動きやすいように上下ジャージを着ているが、暑さを感じた純は、上着を脱いで白いTシャツ姿になった。

「いよいよ、始まるね」

「おう」

夏子の声に返答しながら、純は携帯で一通のメールを送信する。

送信先は鳳佳だ。

本番を楽しみにしているであろう彼女に、『練習開始』の旨を伝えておく。

「……」

王城家の式典が終わって、鳳佳はすぐに海外へと、とんぼ返りしていた。

随分と忙しいようだが、一ヶ月後の学園祭の頃には、こちらに戻って来られるそうだ。

「……しかし、まさかオレが『監督』兼『主役』を受けるハメになるとはな」

「名目上、『脚本』って肩書きも付いてるしね」

フフフと笑いながら、夏子が教室内の机を一つ一つ、後部へ運ぶ。

これから練習するためのスペースを確保しているのだ。

「オマエ、結局なんの役だっけ?」

机を引き摺りながら、純が聞く。

「物語の『ナレーション』よ」

彼女の微笑みに、純は溜息をついた。

「いいなぁ、楽そうで。 オレもそれが良かった」

「姫ちゃんや誠也と劇中で絡めないのは、少し残念だけどね」

夏子がそう言うと、純は怪訝な顔をして、ベっと舌を出す。

「何が悲しくて『ヤロー』とラブシーンやらなきゃいけないんだよ。 しかも、よりにもよって、誠也と!」

イライラと長髪を掻きむしる彼をみて、夏子はクスクスと笑った。

「おいーッス」

そんな二人のところへ、ガラリと教室の戸を開けて、ちょうど噂をしていた誠也が現れた。

「あら、珍しく早いのね」

「部活の朝練を途中で抜けてきたからな」

夏子の言葉に、自分の荷物を壁際に向かってポンと投げる誠也。

その後、彼に引き続き、徐々にクラスメイト達が集まってくる。

「おはよー。 うわっ、なんだ教室まだ暑ぃな」

「クーラー入れようぜ、クーラー。 ってか水瀬さん、ジャージの上着たままで暑くねぇの?」

「うん、私は大丈夫。 ありがとう、気を使ってくれて」

「おはよーっ。 あ!姫宮くん、さっそく今日、衣装の寸法を測るから、あとで家庭科準備室に来てね!」

「げっ……、いきなりかよ」

ワイワイと賑わい始める教室内。

純は夏子と相談しつつ、事前の計画通り、スケジュールを運ぶ。

「じゃあ、オレは劇前半のヤツらを集めて練習始めるから」

「私は劇後半の人たちと、衣装や小道具の準備にかかるわね」

テキパキと互いの仕事を確認しながら、純と夏子は一旦別れる。

「んじゃ、まずは…っと──『姫』役、『王子』役、『怪盗』役」

配役表を見て、主要キャスト三人を呼ぶ純。

『姫』役は、もちろん自分自身。

『王子』役は、自ら進んで名を挙げた誠也。

残る『怪盗』役とは、とある理由で『体操部』に所属する男子生徒が任命されている。

「自分の役の設定、ちゃんと把握してきただろうな?」

眉間にシワを寄せ、主に誠也に向かって純が言う。

「まっかせなさい!」

不敵に笑いながら、誠也が丸めた台本を掲げた。

「とある国で、王族と言う地位にありながらも外界の人々に親身に接する『姫』こと、姫──」

まだ眉間のシワが消えていない純を指さす誠也。

「そんな姫に幼いころから恋心を抱きつつ、共に成長してきた『王子』こと、おれ──」

そう言いながら、親指で自分を指す。

「そして、そんな『姫』を狙って夜な夜な現れる謎の『怪盗』──」

最後に体操部の男子を指差した。

「心優しい『お姫様』と、そんな彼女を巡って、幾度も闘い合う『王子』と『怪盗』の三人の壮絶な『愛の物語』!!」

ミュージカル俳優のように、身振りを付けながら誠也が喜々として語る。

「……」

『愛の物語』なのに、三つ巴になっている役の演者が全員男である事実に、純は人知れず鳥肌を立てた。

「問題無いみたいだな。 さっそく、始めようか」

体操部の男子生徒がそう切り出し、純は頷く。

なぜ、純がいきなり、この主要キャスト三人を集めて練習を始めたか──それには理由があった。

クラスの中で、男子から意見に挙がった、『アクション』の為だ。

『王子』役である誠也と、『怪盗』役である男子生徒は、剣を使った殺陣たてのシーンがある。

もちろん、彼らは素人で殺陣など組んだ事が無い。

そこで、見よう見まねの剣劇を作成する人員として、部活がら機動性を備えた体操部の彼と、ズバ抜けた身体能力を持つ純が抜擢された。

つまり、二人が基本の流れを考案し、その後、純に代わって王子役の誠也が動きを覚え、シーンを作るのだ。

時間がかかる作業なだけに、早めに準備しておかなければ、本番に間に合わない。

新聞紙を丸めて付くった棒を『剣』に見立て、まずはゆっくりと互いの動きを確認しながら、純と男子生徒が動く。

「オレが右から斬りかかって、その次に、上から来る斬撃を防御して、鍔迫り合いになる──」

「そこで『王子』が怪盗の腹を蹴るってのはどうだ? 剣劇だけじゃなくて、ある程度、格闘戦を入れた方が、シーンが緊迫すると思うぞ」

誠也が手を挙げて提案する。

「なるほど。 じゃあ、王子が蹴って、『怪盗』がフッ飛んで──その後はどうしようかな」

「それでは、こんなのはどうだ?」

仰向けに寝そべった男子生徒が、足を振り上げて反動をつけ、手で床を押し、一気にピョンッと跳ね起きる。

「おー! 流石、体操部!」

純が拍手すると、

「お前も前にやってただろ」

と、男子生徒が笑って言い返す。

その後も、しばらく動きを付け加え、やっと一つ目の殺陣が完成した。

試しに速さを付けて実施してみる。

「よーい、アクション!」

映画のマネ事をして、誠也が二人に合図を送った。

瞬間──、疾風の如く、二人が動く。

新聞紙製の剣が互いにぶつかる度に、バシッ!と小気味の良い音がし、ヒュッ!と空を斬る音と、二人が踏む床のキュッ!という音が、周りに伝わる。

演武は数十秒間続き、互いに距離を取って、離れたところで静止した。

「カーット!!」

誠也が手を叩いて止める。

「おおー!!」

彼らを見ていた、周りのクラスメイト達が思わず拍手した。

「ハァ……ハァ……どうだった?」

動きっぱなしで、息切れしながら、純が誠也に尋ねる。

「かなり良かった! ただ、もうちょっと怪盗の動きに、『不気味な強さ』みたいなものが欲しい気がする。 もっとこう、ぬらりと流れるような動きを入れようぜ!」

「了解…!」

肩で呼吸を整えながら、怪盗役の生徒が頷く。

「じゃあ、王子が一気にラッシュを仕掛ける所──あそこで怪盗は、斬撃を受け止めるんじゃなくて、身のこなしだけで、太刀筋を避けるような動きに変更するか」

言いながら、再び純が新聞紙を構えた。

その後も、一つ一つ動きの確認をしつつ、時には変更を加え、三人は少しでも見栄えするように、シーンを作り上げていった。




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