第2話(4)
“面白いね 白石くんて”
「面白いんじゃなくて、バカなの」
その日の夕方──今日も、図書室に純と鳳佳は居た。
“白石くんは 運動が苦手な子なの?”
カリカリと、鳳佳が書き込む文字を覗き、純が答える。
「ううん、バスケ部の人間だから、むしろ運動は得意な方だよ。 ただ、器用じゃないだけ」
実際、誠也は部の中でも、屈指の腕前を誇っている。
龍嶺学園『男子バスケットボール部』新入生の中でも、1、2を争う実力だ。
近く、持ち前のテクニックを生かした、『パワーフォワード』として、新人戦に出るだろう。
“純ちゃんは何部?”
鳳佳が続けて綴る。
「アタシは帰宅部。 なんにもしてないの」
あっけらかんと笑う純。
“どうして?”
「めんどくさいし、部活するなら、家に帰って本とか読みたいしね」
“文芸部とかは ダメなの?”
「アタシは書くよりも、読むほうが好きだから」
言いながら、先程、鳳佳から渡された『ノート』を見る。
「もう続きが書けたんだね」
“構想は大分前から練ってあった物語だから ほとんど文章にするだけなの”
「なるほどね」
純がそう呟くと、鳳佳が再び綴り始める。
“中学生のときも 部活してなかったの?”
「中学は強制入部だったから、一応所属はしてたよ」
“何部?”
「誠也と同じバスケ──って言っても、先輩と喧嘩して、すぐ幽霊部員になっちゃったけどね」
純はそう苦笑する。
“何かあったの?”
鳳佳に尋ねられ、当時を思い出した純は、腕を組むと語り出した。
「当時、男子バスケの先輩に、“お前みたいなチビにまともなバスケができるわけない”って挑発されてね。 “ご心配なく。ジャンプ力には自信あるんで”って、おもいっきり、顔面に飛び蹴り食らわしてやったの」
胸を張って、ニッと笑う純。
だが、鳳佳は瞳を丸くした。
そして、心配そうに綴る。
“なんでまた 男子バスケ部の先輩と喧嘩したの?”
「──……え?」
一瞬、純は首を傾げたが、すぐに状況を理解して、顔が青くなった。
(──しまった!)
慌てて辻褄を合せようと試みる。
「あ…えーっと……そうそう! 女子と男子でコートの取り合いになったことがあって。 それで、話し合いに男子の部室に行ったら、そこにいた向こうの先輩が、そんなようなことを──」
鳳佳が悲しそうな顔をする。
“それがきっかけで 辞めちゃったんだね”
「ほ、ほら、悪口言われたとはいえ、アタシ暴力振るっちゃったし。 そのまま女子バスケに居ると、周りの空気を悪くしちゃうから……」
なんとなく、それらしい事を言って、どうにか切り抜ける。
“そっかぁ それは大変だったね”
「ま、まぁね」
(──あっぶねぇ! 余計なことは言うもんじゃねぇなぁ……)
そっと胸を撫で下ろす純。
その間に、鳳佳がまた書き始める。
“でも すごいなぁ 純ちゃん”
「へ?」
“男の人にも そんな風に立ち向かっていけるなんて”
「い、いやぁ! そ、そんな大したことじゃないよ!」
純は、曖昧に笑って両手を振る。
“あたしなんて”
──鳳佳の顔が少しだけ暗くなった。
“男の人を見ただけで 怖くなっちゃうもん”
「…あ」
“心臓が速くなって 体が震えてきちゃって”
「……」
“ホント ダメだよね”
自嘲気味な溜息が、鳳佳の口からこぼれた。
どことなく、彼女の瞳がゆらゆらと揺れているように見える。
きゅっと結んだ唇がなんだか痛々しく見えた。
「……ダメなんかじゃないよ」
ポツリと、純の放った一言で、鳳佳が顔を上げた。
「鳳佳は鳳佳で、すごい所をたくさん持ってる。 頭は良いし、面白い物語が書ける。 アタシはそっちのほうが羨ましいと思うけどな」
純が笑いながら言うと、鳳佳の頬に少し朱が差す。
「それにさ──」
少し目線を外す純。
「──男なんて単純で、鳳佳ならいつか簡単に克服できるよ。 だって──」
「……?」
言葉の先を待って、首を傾げる鳳佳に、純は微笑んで言った。
(今、目の前にいるオレが男なんだから)
純は出しかけた言葉を飲み込む。
「ううん、なんでもない」
二人は無言になった。
不思議と気まずい感じはない。
やがて、鳳佳がまた会話を書き始める。
“あのね 聞いてもいい?”
「うん?」
純が聞き返すと、そのままサラサラと鳳佳は鉛筆を滑らせた。
“白石くんの話してた ゴウコンってなに?”
「…………へ?」
思わず、キョトンとする純。
今度は気まずい沈黙が流れた。
「……あれ? もしかして、知らない?」
“うん ごめんなさい”
鳳佳が謝る。
「いや、謝る事じゃないけど……えーっと、どう説明しようかな」
あー、うー、と純は考える。
彼は無意識に、鳳佳は何でも知っていると、勝手な認識を持っていた。
しかし、よくよく考えてみれば、一般の同年代は知っていて当然の事でも、彼女にとっては、初めて耳にするような事もあるだろう。
なにせ、彼女は『普通の学生生活』を、今まで過ごした事が無いのだから。
「そうだなぁ……」
普段、誠也や夏子に使う時は、何の躊躇もない言葉なのに、何も知らない無垢な鳳佳に、じっくりと説明するとなると、なぜか途端に恥ずかしくなってきた。
「まぁ、その──男子と女子が、それぞれ仲間を呼んでね……──」
うんうんと頷く鳳佳。
「──まぁ、会話をしたり、ご飯を食べたりして、友情?を深めて……」
気に入った相手の連絡先を聞いて、ゆくゆくは付き合ったり──と、詳細に説明しようとしたが、なんだか、物凄く品の無い事を教えている気がしたので、純は曖昧に微笑んで、言うのをやめた。
“パーティみたいなもの?”
鳳佳がそう綴る。
「……うん。 まぁ、そう…かな……」
“パーティってことは 何かを祝ったりするの?”
鳳佳の疑問。
当然、誕生パーティや、記念パーティのように、祝うものなど特に無い。
半ばヤケクソのように、純は続ける。
「……強いて言えば、“ここで互いが出会えた事”を祝う…かな」
自分でも、何を言っているのか、さっぱり意味不明だった。
しかも、そう答えてしまったことが、大きな間違いだったらしく、
“じゃあドレスとか着るんだね”
「えっ?」
“料理人さんが料理を作ったりとか 音楽家が演奏したり”
「あー、あのぅ……」
“わかるよ パーティだもんね!”
「……」
どんどんと鳳佳の中での『合コン』が、違う方向へとシフトする。
だが確かに、由緒正しい家に生まれ育てば、パーティという言葉のイメージはそうなるだろう。
“楽しそうだね”
そう鳳佳に言われ微笑まれれば、純は曖昧に頷くしかなかった。
“じゃあ たくさんお友達 作ってきてね”
「え…?」
何気なく書いたに違いない、鳳佳の言葉に、純は少しドキリとする。
それに気づかず、鳳佳は続きを書いた。
“あたしも小さい頃はね いろんなパーティにお呼ばれしたんだけど いつもおばあちゃんの後ろに隠れてて”
「……」
“結局 ほとんど誰とも触れ合えなくて いつしか行くの やめちゃったの”
「……そうなんだ」
“いま行けたなら ちょっとは誰かとお話できるかな”
少し悲しげに微笑んで、鳳佳はカタン、と鉛筆を置いた。
「──大丈夫」
そんな様子を見て、純が言う。
「パーティなんてまたあるしさ。 なんなら、誠也に言えば、アイツ、喜んで合コンのセッティングしてくれるだろうから」
純が笑顔を向ける。
「いつか、一緒に行こうね」
それを聞いて、鳳佳はまた鉛筆を取った。
“ありがとう”
その日、夜の学園からの帰り道。
「じゃあ、また明日ね、姫ちゃん」
「おう」
夏子と別れを交わすと、純はすぐに携帯を取り出し、電話を掛け始めた。
二、三度、呼び出し音が鳴り、相手が出る。
“はいよー”
「あ、誠也か?」
“おう、姫か。 どうした?こんな時間に……”
「あのさ……。 やっぱ行くわ、合コン」
“………え、マジ?! なんで?!なんかあったのかよ?!”
「今度、なんかおごれよ」
それだけ言うと、純は電話を切った。
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