エピローグ
「いやはやお仕事が早いと言いますか、もう封印を行ったのですか」
ユングがやはり曇ったグラスに茶を注ぎつつ、臨時庁舎にやってきていたアルとエクスの前に置く。アルはそのお茶を少し口に含むと、ゆっくりと語り始めた。
「資料を見た限りだと危ないものと思っていたので、上に掛け合ってすぐの封印を行うことにしました」
噓八百を並べて。とエクスは口に出しそうになったが、ひとまず我慢することができた。アルはエクスを見て苦笑しつつ、さらに続けた。
「しかし、少しわかりかねることがあります」
「何でしょうか?」
「資料とは違ったのですよ。なぜあのようなものがあったのにもかかわらず、最低限の警備しか置かなかったのか、ということです。確かに昼間はエクスが向かった際に、都軍の者がいた。しかしその程度でした。まるで『奪ってほしい』と言わんばかりの管理体制でしてね」
「と、申しますと……」
「この石が、とあるところから出てきたものですから……」
アルはユングの前に、エッダが持っていた魔力の石の欠片を置く。ユングは驚き、その石をまじまじと眺めた。
「驚いた……まさか、現場から削り取られていたのですか?」
「そのようです」
「誰が持っていたのですか?」
「リベルタ帝国の諜報員ですよ。彼らがどうやら持ち帰ろうとしていたようでしてね」
また噓八百を並べて。エクスは思わず笑ってしまいそうになったが、アルがエクスの顔に帽子をかぶせて隠してしまった。エクスは不満そうに帽子をとると、アルに返す。
ユングは自分のグラスに注いでいたブラッドジュースを飲み干し、汗をぬぐいながら言う。
「申し訳ありません、それは私からは何とも言えません。ただ上からは、あまり大事にすることはないように、と伝えられていたものですから」
「その上の方というのは?」
「……という議員の方ですね。遺跡近辺の総合責任者でもあります」
「なるほど」
アルはその男が裏で絡んでいるのだろうと考える。しかし、それを解決するのは自分たちじゃない。この都市、エルシュ・レイムなのだろうと思いなおし、笑みを浮かべた。
「ともかく、今後このようなことがないよう、報告してほしいのですが」
「わかりました。重ね重ね、この度は申し訳ございません」
「いえ、これからもこの都が発展することを大いに願っております。それでは、このあたりで」
アルは立ち上がり、ゆっくりと部屋を後にした。エクスもまたその後を追う。その途中で、エクスはアルに訊ねた。
「いいの? あの女のこと言わなくて」
「エッダさんのことかい?」
「そう。また悪さをするかもしれないわよ。まさか、同情でもした?」
「まさか」
アルは笑みを浮かべながら、臨時出張所の出入り口から外に出る。そしてしばらく外を歩く。空は晴れ渡っていた。
「僕らの仕事はした。それ以上のことは関わらないことだ。ガランジとしてもね」
「守護者の名が泣くよ?」
「何でもかんでも、手を出せばいいって話じゃないさ。あとはこの都の行き末を見守るだけだ。それはいつものことだろう?」
アルはタクシーの扉を開き、エクスを招き入れる。エクスはドライバーの顔を見ると、いつも通りあのオーガの男がいた。
「……以上が報告となります」
本国であるエリアムスに戻ったアルは、上司に向けて事細やかに説明をした。もちろん、苦手な報告書を作ってだ。アルの前には、上司であるヒトの、オールバックの黒髪に、きりっとした目つきのスーツの男が報告書を目に通し、次にアルをにらみつけた。
「また独断で動いたな」
「三日という縛りがなければしっかり連絡は致しましたとも」
「……まあいい。お前の腕は買っている。その間は、ある程度の自由は許そう」
机に両肘をつき、上司はアルに対してただ表情を変えずに告げた。アルは頭を軽く下げて言う。
「ありがとうございます」
「あの古代兵器の女もしっかり働いたようだな。変化はないか?」
「特に。今日も彼女へのプレゼントを買って帰らなきゃいけないもので」
「甘やかすなよ。あいつは兵器だ。……油断はするな」
「はい。では、今日はこのあたりで失礼いたします」
「待て」
踵を返して、アルはそのまま帰ろうとしたが、上司がそれを引き留める。上司の顔が笑っていた。あの冷徹面が笑っているときはろくなことがない。アルは大きくため息をついて、後ろを向いた。
上司の机には新聞が置かれている。エルシュ・レイムのデモ隊の行進が収まったが、講義はいまだに行われているという内容だった。そして、インタビューを受けている抗議デモをしている女性の顔は、あのエッダのものだった。
龍天のヴィアトレム 短編版 リューリュー @rakuri_98
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