第七話

 エッダは連絡のつかない本国の諜報員が捕まったことを考え、国外逃亡を図るべくせわしなく動いていた。あの男、昼間に会った、さえない調査員に警戒せよと言われたばかりのことだった。男に出会ったときは、取るに足らない、ただの調査員程度の男だと思っていたが。

 その日のうちに彼らと連絡がつかなくなってしまったのは、何かがあったに違いないと、彼女は考えていた。この場合、自分の判断で本国への帰還を行うしかない。わずかな期間で、ここまで追い込まれてしまうとは思いもしなかった。だからこそ彼女は慌ててしまっていた。

 しかし、逃亡する前に自分の手にある魔力の塊の石の欠片をより多く持ち帰らなければならない。『暴動を起こす程度』の力では、本国は足りないと言って、自分を処分しようとするだろう。そうなれば自分の願いもなにもなくなってしまう。彼もまた、処分されてしまうかもしれない。

 エッダはバイクを飛ばし、遺跡の発掘現場へと向かっていった。

 到着すると同時に工事現場のバリケードを乗り越え、警備の薄い場所も把握し、エッダはまっすぐ採掘所へと足を奔らせた。あの男がここに来た形跡はない。まだ間に合う。エッダの足が自然と早くなっていく。

 採掘所へとやってきた。エッダは目の前にある、石ころにしか見えない魔力の塊の石に飛びつき、何とか削り取ろうとする。しかしその時、突如明かりがともされ、まばゆい光が彼女を襲い掛かってきた。


「やはりここに来ましたか、エッダさん」


 背後からゆっくりと足音が聞こえてくる。エッダは冷や汗をかきつつ、ゆっくりと立ち上がった。


「奇遇ですね」


 歴史会館で会った男、アルが照明のスイッチを放り投げて、ゆっくりと近づいてくる。アルはコインをはじきながら、ある一定の距離で立ち止まった。


「ええ、本当に」


 エッダは笑みを浮かべつつも、警戒して近づこうとはしなかった。おそらくこの男は全部知っているのだろう。だとすれば、まともにやりあうのは愚策というもの。エッダはチャンスをうかがう。

 そんなエッダの様子にも何も感じることもなく、アルは再びゆっくりと歩き始める。距離をだんだんと詰めようとしている。

 エッダは胸元から右手でロッドを取り出し、アルのほうへと向けた。そして、もう一方の手を石に触れる。


「来ないで!」

「来ないで、と言われると行きたくなるのが性ですが」


 そう言いつつ、言葉とは裏腹にアルは立ち止まった。アルは少し悲しい顔を浮かべて、エッダと対峙する。エッダは精いっぱいの笑みを浮かべつつ、さらに続けた。


「この石が何かわかっていますか?」

「いや? 今日これから調査するつもりだったものですから」

「ならとんだ愚か者ですね。これの正体を知らず、私に近づこうとしているのだから」


 エッダは妖艶な笑みを浮かべた。アルはうつむき、目を閉じていた。


「あなたはこの国が好きだと言った。歴史あふれるこの国が好きだと」

「ええ、好きですよ。だから壊したくなるんじゃないですか」

「その言葉は本音ですか?」


 アルの言葉に、エッダは初めて動揺を見せた。アルは顔を上げ、さらに続ける。


「この国を壊したいのであれば、初めから壊せていたはずだ。だけど、あなたはそれをしなかった。あなたの国の事情もあるのでしょうが、貴方が本気でそう願っているのであれば、ただその石を使って壊せばよかった。回りくどいやり方などしなければよかったはずだ」

「何が言いたいの?」

「暴動を起こしたのも、中央庁舎でけが人を出させたのも、この遺跡を守るためだったのではないですか?」

「……はっ! そんなわけないでしょう!? 私はリベルタの人間よ! この都市の遺跡のことなど、微塵たりとも守りたいなどと考えたことなどないわ!」

「それでは、この遺跡はすぐに壊させていただきます」


 アルの言葉に、エッダは呆気に取られていた。だが、彼がトランシーバーを手にして、何かを伝えると同時に揺れが起こると、彼の言葉が偽りではなく、本気なものであるとエッダは感じることができた。


「封印は決定していましたから。手っ取り早くこの区画を崩壊させることにしました。僕の相棒はね、ちょっと手荒いやり方しかできないから、おそらくこのまま二人とも生き埋めでしょうね」

「あなた本気で……!」

「ええ、本気でないと、こういうことはしませんから。さて、どうしますか? その魔力の塊で、どうにかしますか? 国ごと吹き飛ばしてもいい、僕たちを操ってもいい。好きにすればいいでしょう。どうせ終わる命ですから」


 脅しではない。アルは正真正銘、何もしなければこのまま生き埋めになるつもりだ。エッダはそう感じていたし、アル自身もまたそう考えていた。エッダは手に持っていたロッドを落とし、その場に崩れ落ちた。


「……やめて。お願い……」

「……エクス、中止」


 エッダが懇願するようにつぶやくと、アルは彼女に近づき、ロッドを蹴り飛ばして安全を確保すると、エクスに連絡を入れた。


「やはり、貴方にとって大事な場所でしたか」

「……はい」

「あなたと接触したリベルタのスパイが言っていました。彼も関係しているのですね」

「……あの人と、思い出の場所なの……リベルタに亡命した後も、絶対に守りたくて……」

「この石には暴力的な感情を浮かび上がらせる能力がある。きっと、これを作った人は狂戦士だとかそう言ったものを作るために、石に魔力を込めた。それに気づいたあなたは、これを利用し、デモの激化や中央省庁での暴動を起こした……そう言うことですね?」

「全て知っているんですね。……その通りです。最初私は中央省庁にもぐりこみ、実験を行った……その後はデモ隊にこれを使用しました。任務のためでもあった、でも。この場所を失いたくなかった」

「なるほど……僕も真実を言いましょう。その石、すでに封印は済んでいるんです。魔力がもうなくなった、ただの石ころでしかない」


 アルのあっけらかんとした言葉に、エッダはハッとあきれ返ったため息をついてうなだれてしまった。


「だまされたってことね……」

「まあ、そうなりますね。だけど、封印はまだ終わっていない。あなたの持つ欠片、渡してもらいましょうか」


 エッダは胸元から石を一つ取り出す。それは彼女の背後にある石と同じ色、同じ固さを持つものだった。

 アルがそれを受け取ったと同時にエクスが駆け下りてくる。アルはエクスにその石を放り投げた。エクスは怪訝そうな表情を浮かべていたが、すぐに状況を理解し、意識を集中させる。すると、石から淡い光が発せられ、その光がエクスに移っていく。まるで魔力を吸収しているかのようだった。


「……ハイ終わり」

「ご苦労様。じゃあ、帰ろうか」


 アルとエクスはその場を後にしようとする。その行動に、エッダは唖然として、思わず立ち上がってしまった。


「私に対して、何かすることはないの?」

「何も? 僕らの役目は『危険な古代遺産の封印』ですから。それが終われば、任務完了です。僕はそれ以上のことはしない主義なんでね、それに」

「それに……?」

「この遺跡を守りたいというのであれば、ほかにもやり方はあったはず。大事ならば守ればいいと思いますよ」


 そう言って、アルは立ち去っていった。エクスも一度エッダを見た後、ニコッと笑ってその場を後にしていった。エッダだけが、ただ残されていた。


「……アヴィ……私、どうすればいい? 私、この場所を守りたいのよ……あなたとの思い出の……」


 エッダはそのまま泣き崩れ、ただ彼女の慟哭が響き渡るだけだった。

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