第六話

 簡単な食事を終えて、アルとエクスは件の二人組が潜んでいるであろう安ホテルに向かった。彼らが宿泊している場所とは違い、掃除もろくにされていない、煙草の煙も立ち込めるような、ボロボロのホテルだった。

 アルは不真面目そうなホテルの従業員に金を握らせ、用事があると言って部屋に案内してもらう。


「ここでさぁ」


 従業員はそのままへらへらと笑いながら去っていった。オートロックなどない、簡単なカギしかつけられていない部屋の前に立った。アルは扉の正面には立たず、横へと避けてノックをする。エクスは真正面に立っていた。

 ノックには反応が返ってこない。アルとエクスはお互いに頷く。アルは懐から開錠するための道具を取り出し、素早くカギを開けようとするが、カギがかかっていないことに気づくと、いよいよ罠の予感がしてきた。アルは扉を開き、素早く電気をつけて奥へと行く。すると、そこには無造作に置かれているリュックだけが残っていた。他に荷物が残っている気配はない。


「アル!」


 エクスが飛び込んできそうになったのをアルは飛びこみ、抱きかかえて部屋の外へと抜け出す。その瞬間閃光が起こり、激しい爆発が辺りを包み込んだ。なんとか部屋の正面から出ていたアルはエクスの無事を確認し、ほっと息を吐いた。


「馬鹿! 私が丈夫なの知っているでしょうに!」

「それでも男が女の子を盾にするわけにはいかないのさ。さて、どうしたものかね。なあ、そこのお二人さん」


 アルは埃を払って立ち上がり、ネクタイを整えると、曲がり角のほうへと声を掛ける。すると、突然走り出す音が聞こえてきた。


「エクス、追いかけて!」

「そういうのは任せるのね! 了解!」


 エクスは立ち上がって俊敏な動きで角を曲がり、非常階段の扉を開いた。その瞬間、下からの銃撃を受けるも、構わずに階段を下りていった。二人組はその強引な行動に舌打ちをしながら、さらに逃げていく。エクスがいたのは十階、二人組はすでに四階まで駆け下りていた。そのまま閉まりの悪い扉を二人で突進して吹き飛ばし、表通りに出ようとする。しかし、その前にアルが立ちふさがった。


「相手の生死を確かめようとするのは常道だ。でも、常に「死んでいない」という方向で動くようにするって習わなかったかい?」

「てめぇ!」


 アルが挑発じみた言葉を投げかけると、二人組は銃を構えた。瞬間、アルは指の中に仕込んでおいたコインを指で弾き飛ばし、彼らの手に当てて、銃を弾き飛ばす。その間にエクスは上から飛び降り、オーガのほうへ掴みかかる。少女とは思えない怪力で、オーガの巨体が抑え込まれ、あっという間に組み伏せられてしまった。


「な、なんだ……お前たちは……」

「ただの古代遺産調査員だよ。コードネーム:ガランジって言った方があなた方には通じるかもしれないね」

「ガランジ……!」


 バジリスクは左目の眼帯を外そうとする。バジリスクの邪眼は様々な力を持っている。普段それが暴発しないように眼帯を付けているのだが、一度解放されると、見たものを固まらせるなど造作もないほどの力を秘めている。

 だからこそ、アルの動きは速かった。すぐさま三枚目のコインを弾き飛ばし、バジリスクの頭に当てた。バジリスクはそのまま倒れこみ、気絶してしまった。


「この『日和者』どもが!」


 オーガが何とか自身の怪力を持ってエクスを引きはがそうとするも、力を籠めれば籠めるほど、エクスの力はそれ以上のものになり、だんだんと苦しくなっていく。


「エクス、そこまでだ」

「いいじゃん、このまま絞め殺そうよ。そっちのバジリスクに喋らせればいいんだから、ちょうど私も……」

「エクス」


 狂気じみたエクスの笑い声をかき消すように、アルの冷ややかな声が響き渡る。エクスは突然「ひっ」と悲鳴を上げて、オーガを放してしまった。しかし、オーガのほうはあまりの苦しさに悶え、立ち上がるどころではなかった。


「いい子だ」

「……う、うん。私いい子だよ」

「そうだ、いい子だ。それでいい。さて……尋問を始めるか」

「お前たちに話すことなど……グァ!」


 太っちょのオーガのスパイは抵抗しようとするも、エクスが再び締めあげ、痛みで悲鳴を上げる。今度はエクスの行動を止めることなく、アルは彼の前でしゃがみこみ、質問を行った。


「お前たちの目的はなんだ?」

「お前たちもスパイなら、そんなことを話すことなど、愚の骨頂だと理解しているだろう?」

「そうだね、その通りだ。では、目的はこの国で起こっている暴動の様子を見に来た、ということでいいのかな?」

「さてね」


 オーガはそっぽを向き、どれだけ締め付けられても話そうとしなかった。アルはふむ、とつぶやき、質問を変える。


「それじゃ、あなた方の協力者に聞くしかないね、それも乱暴なやり方で」

「……ッ!」

「さて……じゃあ携帯電話をいただこうかな」


 アルは彼から携帯電話を奪い取り、その通話履歴を見る。さすがに履歴は消されているも、アルの予想の範疇だった。


「エクス、復元」

「はい」


 アルはオーガの体を縛り上げ、エクスに携帯を渡す。エクスは携帯を持つと、意識を集中させる。彼女の体が淡く光りだしたと同時に、携帯が突如光だし様々な画面を表示させていった。ボン、と画面が壊れると、エクスは懐からメモ帳を取り出し、番号を羅列し始めた。書き終えると、アルにメモを渡す。


「……さて。この番号のどれかがアタリのはずだけれど」

「適当にかけてみたら?」

「おい、お前ら! 彼女に何かしてみろ! 絶対に殺してやるッ!」

「……やっぱり訳ありだったか。そりゃそうだ。リベルタ帝国で獣人やそれに属する者たちが地位を得るには、何かしらを犠牲しなきゃいけない」

「……お前ら日和者になにがわかる」

「そう、僕たちは日和者さ。中立という名を掲げて、ただ静観しているだけのね。だが、それでもこの世界の均衡は守らなきゃいけないんだ。どんな手を使ってでも」

「……話す。だから、彼女だけは何もしないでやってくれ」

「わかった。そこは約束しよう」


 オーガの男は観念したように、ぽつりぽつりと話しだす。アルはそれを聞き遂げた後、遠くからパトカーなどのサイレンの音が聞こえてきたのに気づいて立ち上がり、その場から駆け出す。エクスも駆けだした。

 パトカーがたどり着いたときにはすでに、二人組の男が「私が爆弾犯です」と書かれたメモを張り付けられて放置されているのが見つかるだけだった。



 ホテルから逃げ出した二人は、ひとまず公園にたどり着いていた。アルは携帯電話で誰かと話していており、エクスはベンチに座りながら、あたりを警戒して、アルの通話が終わるのを待つ。彼が携帯電話をたたむと、エクスは同時に訊ねかけた。


「これからどうするの? アル」

「発掘現場に向かうよ。封印を行う」

「また独断で?」


 茶化すようなエクスの言葉に、アルはあくまで真面目な表情を浮かべたまま返した。


「すべての責任は僕にある。ガランジっていうのはそういうもんさ」

「『守護者(ガランジ)』ねぇ。私としては、ただの調停者だと思うけど」

「間違ってはいないよ。僕らの役目は世界の調律。調査員なんて名前を使っているけど、本当の目的はこの龍天のバランスを監視し、さらにそれを崩壊させかねない五千年前の古代遺産を封印、管理することなのだから」

「今回は封印ってことね」

「それほど危険なものじゃないけど、使っている人間が恐ろしいことを考えている。それにリベルタ人が動いているのも事実だ。早い処分が妥当だろう」

「アルも偉くなったねぇ」

「まさか」


 アルは公園の中に入ってくる荒々しい運転のタクシーに手を挙げて呼び出し、にやりと笑ってエクスのほうを向いた。


「僕はただの底辺調査員だよ」


 エクスは唖然としていたが、見たことのあるオーガのドライバーが「また会ったな!」と言うと、がくりと肩を落とした。

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