第五話

 その職員は体のしまりがよく、かつ出るところは出ている。なんとも優しげな雰囲気でありながら、近づいたら何か食われてしまいそうな妖艶さを醸し出している。

 アルは少しだけ顔を赤らめながらも、ばれないようにすぐ気を取り直して、誤魔化すように展示物に目をやった。


「このツボは、昔のものなのですか?」

「ええ、そうですよ。だいたい二千年前のものでしょうか……」

「そんなに昔」


 職員、エッダは近づき、アルの横で解説を行った。ツボがどこで発掘されただとか、どの部族のものなのか、模様の意味はなんであるかとか、一つ一つ丁寧に教えてくれた。不思議と、アルもあまり興味がなかったはずなのに、いつの間にか引き込まれてしまって、一つ一つに相槌であったり、質問を重ねてしまったり、完全に引き込まれてしまいそうになっていた。

 そんな自分に気が付いたアルはハッと我に返り、後頭部をなでながら、姿勢を上げ、お礼を言いながら同じく姿勢をあげたエッダに頭を下げた。


「ありがとうございます。新人職員さんと聞きましたが、よくお勉強されてらっしゃるんですね」

「え? なぜ私が新人と?」

「ちょっと知り合いに教えてもらったものですから。ちょっと会ってみたいと下心があったのもありますね」


 ハハハとアルは苦笑して見せる。エッダは少しだけ呆気に取られていたが、すぐに笑みを返してきた。


「面白い人ですね」

「よく言われます。それにしても歴史会館というだけあって、どれも魅力的というか、なんというか」


 アルが上手く言葉にできないでいると、エッダは一度笑みを浮かべたあと、少しだけ真面目な表情を浮かべて言った。


「楽しいものだと思います。歴史って、どこか雄大なところがあるのと同時に、儚げなところもあるのが。だから、この国が好きなんです。歴史がすごくある、この国が」

「なるほど。言われてみたら、そういうところもありますね……」

「本当に。……それでは仕事に戻りますので、ナンパはまた今度に」

「あはは、これは手厳しい。ではまた今度に」


 アルはそう言って、その場を立ち去っていった。その際、彼女の声を頭に思い浮かべながら、ゆっくりと歴史会館から外に出ていく。


「こちらもビーストマンに、リベルタ人訛り、ね」


 アルはそんなことを考えながら、二人組の追跡に戻ることにした。


 アルが追跡劇をしているさなか、エクスはタクシーで揺らされながらツゲルリ遺跡に向かっていった。オーガのドライバーから声を掛けられた。


「しかし、あの兄ちゃんとは一緒に行かなくてよかったのかい?」

「アルのこと? 別にあの人がいなくても私一人でできるから」

「わからねぇな。あの兄ちゃんとはどういう関係なんだい?」

「どんな関係、って言われてもね」


 エクスは窓を覗き込んで、外を眺める。うねっている山の道路の脇には木々が伸び切っており、葉の間から日差しがわずかに落ちてきている。


「……あの人は私の兄みたいな人よ。一緒に暮らしているし、一緒に仕事をしている。それ以上は特に……」

「まあそんな感じだとは思っていたけどよ。もう少しこう、恋人かと思ったんだが……」

「そ、そんなわけないでしょ!」


 エクスは顔を真っ赤にして反論をする。しかし、すぐにうつむいて、指をもてあそび始めた。


「ハッハッハ、その様子だとまんざらでもないようだな!」

「そんなことないの! ……そんなことはないの」

「……わけありかい?」

「……まあ、そうだね」

「そうか。さて、着いたよ」


 エクスは咳払いをして代金を支払うと、慌てて外に出ていった。オーガのドライバーは「おい、ここで待ってるからな!」と叫ぶが、エクスには聞こえていないように歩き続けた。


「止まれ! 何者だ!」


 エクスの目の前に衛兵が立ちはだかる。エクスは黙って身分証を見せると、衛兵の一人が確認に戻っていった。しばらくすると、衛兵が無表情で中へと案内していく。エクスは辺りを見渡していると、それほど衛兵の数は多くはなく、侵入も簡単そうに思えた。


「遺跡の内部は普段進入禁止となっている。今回は特別入れるようにしているからな」

「なるほど? それにしては警備が薄いようにも思えるけど」

「デモの対応に追われているからな」

「ふーん」


 話しているうちに、エクスはこの衛兵がどうも協力的ではないことに気づく。このまま進んでいっても、遺産の調査など行うことはできないのだろう。もしかすれば、このまま三日という期間を無碍に過ごさせ、こちらに責任を負わせるのではないか、推測ではあるが、エクスは確信とも思える考えが過っていた。


「さて、この先が遺産だが。触れることはないよう……」


 衛兵が振り向こうとした瞬間、エクスは衛兵の腰に手を当て、光を放つ。衛兵はゆっくりと崩れ落ち、眠り始めてしまった。


「ゆっくりと眠っていてね。あとで起こしてあげるから」


 エクスの言う通り、衛兵は静かに寝息を立てている。彼女は衛兵からカギを奪い取って、バリケードの扉を開く。

中へ入っていくと、大きな鉱石が目に入ってきた。エクスはこの功績に近づくごとに不快感を覚える。ホテルの近くから感じていたそれと似ているようにも思えたが、あまりに桁が違う。


「気持ち悪いわね……本当に」


 エクスが近づいていくと、頭痛が起こり、ひどくなっていく。何か、暴力的な感情が浮かびあがってくるような、この寺院を、すべてを壊してしまいそうになってしまうような、そんな感情だった。


「……削られた後がある……?」


 エクスは頭痛と衝動を我慢しつつ、鉱石に近づいていく。エクスはその鉱石に手を伸ばし、何かを感じ取ることができるか試してみる。


「ぐっ……!?」


 エクスは突如強力な魔力を感じ取り、さらにそこから殺戮衝動を感じ取れた。この中に封印されているのは、何か黒い感情であった。エクスは汗をぬぐい、なんとかその場から立ち去る。

 何とか元の場所に戻り、カギを返してから衛兵を起こし、遺跡を後にしていった。


「……この遺跡、すぐに壊れるかもしれないわね」


 そんなことをつぶやきながら。


 二人はホテルに戻り、エクスを部屋に呼ぶと、彼女は疲れた様子で入ってきて、勝手にベッドを占拠してきた。アルは椅子に座りつつ、資料を読んでいた。


「そっちはどうだった?」


 なんとなしにアルはエクスに訊ねかけてみる。エクスはぐるんと回って仰向けになると、指を天に伸ばしながら言った。こういう時は、彼女は疲れており、さらには何かを要求しようとしている仕草だったが、アルは見て見ぬふりをしていた。


「言われたとおり、調査現場を見てきたけど。やっぱりアルの言う通り、細工された形跡があったわよ」

「細工された形跡か。具体的には」


 アルが資料から目を離さず、さらに訊ねかけてみる。エクスはベッドから起き上がり、アルの側に近寄って座り込むと、上目遣いで覗き込んできた。


「アル」

「うん」

「なんか言うことあるんじゃない?」

「まあ、そうだね。よくやった、エクス」


 アルはエクスの頭をなでて、彼女をねぎらってやる。しかしその仕草は資料を読む片手間であることから、エクスは頬を膨らませて不平不満をこぼした。


「私頑張ったのよ?」

「うん」

「もっとこう、頑張ったのを励ましてほしい」

「……まあ、じゃあご褒美増やしてあげようか」


 アルは資料をテーブルに置き、エクスの頭を先ほどよりも丁寧に撫でてやった。エクスは飼い猫のように、満足げに笑みを浮かべていた。


「えへへ」

「それで、具体的には」

「一部が明らかに削り取られていた。あと、気持ち悪いぐらいに魔力の波動を感じたわ。あれが一部でもどこかにあるなら、何か影響を与えるかもしれないわね。……それと、都軍に警備されているという話だったけど、ほとんどいなかったわよ?」

「本当に?」

「まるで奪ってくれとも言っているかのようだったけれど……」

「まさか……資料と違いすぎることが多いな。エルシュ・レイムの政府が隠しているとも思い難いが」


 アルは顎に手を当て、資料を読む。そこには都軍による警備が行われていることが、確かに書かれている。動員数も十分なほどだった。エクスはため息をつきながら言った。


「国なんて信用するものじゃないわよ」

「まあ、うん……そうだね。裏がありそうだ。それで、何か影響を与えるって話だけど、具体的にはどういう感じだった?」

「具体的に……か。そうね、すべてを壊したくなるというか……」

「暴力的な、とか破壊衝動ってこと?」

「そうね……うん、そんな感じ」

「そうか……破壊衝動とか、だと人の心にある憎しみとかを増幅させることもできるかもしれない」


 アルは推測を並べ立ててみる。それが正しいかはわからないが、これ以上の材料がない以上、この程度しかわからない。エクスは首をかしげて言った。


「でも、欠片を持っていたとして、制御できるものなの?」

「アルシレフ人も長い間魔法に触れていないせいで、今となっては遺産のようなものだ。エクスのように『感じてしまう体質』ではない限り、力を行使させないと影響はないんじゃないかな?」

「確かに……逆に行使してしまえば、魔力を持つアルシレフ人にも影響を与えることができるかもしれない」


 アルは納得したようにうなずいた後、コインを取り出した。コインの裏表を確かめつつ、そこに刻まれた「リベルタ人に栄光を」という文字を眺めてみる。


「僕は件の二人組を探してみた。やっぱりリベルタ訛りがあったから、黒だね」

「なるほど、どうする?」

「色々と気になることもあるし、ちょっとこれからお邪魔してみようかと思う」

「アル一人で?」


 冗談交じりにエクスが言って見せると、アルは肩をすくめて言った。


「まさか。エクスも来なよ。僕がどれだけか弱いか知っているだろ?」

「何をおっしゃりますやら。私こそか弱い女の子だと思うんだけどなぁ」


 エクスは意地の悪い笑みを浮かべながら、アルのコインを奪い取ろうとした。その動きは俊敏だったが、アルはそれ以上に速い身動きで椅子を回転させてコインを弾き、ポケットに入れた。


「やっぱり普通の身のこなしじゃないよ」

「ありがとう」


 そう言いつつ、アルは思い出したように話を付け足した。


「あとは新人職員のことだけど、彼女も黒の可能性があるね。……僕の推測だけど」

「下着の色が黒ねぇ」

「そんなことは言っていない」

「冗談。で、なんで黒?」


 少しだけ顔を赤らめたアルはゴホンと咳払いをして、さらに説明を続ける。


「アルシレフ人らしかったけど、ほんのわずかにリベルタ訛りがあった。本人は気にしていなかったようだけど」

「なるほどねぇ。でもそれだけじゃ足りなくない?」

「そう。だから今から確かめに行く。二人組の男たちが接触したようだからね。行ってみない?」


 アルは脱ぎ捨てていた上着を着て、鞄から帽子を取り出し、モノクルの眼鏡をかける。エクスも立ち上がり、一度部屋を出た。


「さて、今回も荒事になるかぁ」


 本当ならば、手間を掛けたくないと思っているアルであったが、そうもいかないようだ。もう一度コインを指ではじく。そして手の甲で受け止め、コインを確かめる。


「裏ね」


 アルは少しだけ表情を硬くすると、部屋を後にしていった。彼は鼻歌交じりに、エクスの部屋の前で待機し、彼女が部屋から出てくると、一緒に歩き始めていった。

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