第三話

 石造りのアーチを抜けた先に由緒あるホテルが見えた。壁には青々としたツタが這い厳粛な風情を醸し出している。エクスは何か不愉快な顔をしていたが、アルが視線を送ると、すぐに何でもないと首を横に振った。

 よく清掃された真っ白な大理石の床が続き、エントランスにつながる。フロントがその奥にあり、茶色の制服を着たスタッフたちがアルとエクスを出迎えてくれた。アルは自分の名を告げ、台帳にサインをすると、スタッフが「お待ちしておりました」と言ってカギを手渡した。二人のなけなしの荷物をベルボーイが抱え、部屋へ案内される。

 部屋はユングが気遣ってくれたのか、一人ひとつだった。ひとまずアルはエクスと別れ、それぞれの部屋へ入っていく。

小綺麗に清掃された素朴な部屋であった。ふかふかのベッドは、潜ってしまえばそのまま眠りについてしまいそうな塩梅。テーブルも椅子も明るいオークの造りで、滑らかな猫足が特徴的だった。

 アルは部屋の検分を行った後、盗聴されたり、監視されている様子もなかったりしたので、エクスを呼んだ。

二人は明日の段取りを決めるため、ユングから渡された資料を読みはじめる。


「分かれる?」


 アルは思考しているときの癖でしっぽを振り、エクスに提案した。


「そうね。遺跡と街。私は遺跡に行ってみようと思うけど」

「遺跡は今エルシュ・レイムの都軍(とぐん)が管理しているようだ。身分証が必要になるね。明日できあがるって話だから、エクスがとりに行くこと、ユングさんにも連絡入れておくよ」

「了解。んで、アルはここでさぼりってわけだ」

「さぼるつもりはないよ。三日しかないんだ、回れるところは回らなきゃね」

「やっぱりそうじゃない」


 エクスが大きなため息をつきつつも、肩をすくめた。アルはただ笑みを返すだけだった。


「少し気になることがある」

「どういうこと?」

「まあ、ご飯でも食べながら」



 夜のエルシュ・レイムは昼と打って変わって陽気な雰囲気に包まれていた。出店が並んでおり、人々が食事を楽しんでいる。酔っぱらいも多く、アルたちに声をかけてくるものもあらわれた。中にはエクスにも絡もうとしたが、彼女がリベルタ人のように見えると、顔をしかめてすごすごと下がっていく。


「かわいい女の子に失礼ね」

「可愛いって自分で言わないのでは?」

「そうかしら?」


 言いかけた口を閉じて、アルは一つのバルへと入っていく。中にはそれなりに人が入っており、スポーツ観戦を小さなテレビで見ているものや、酒を楽しんで大盛り上がりしているもの、一人で食事を楽しんでいるものもいた。

 アルとエクスが席に着くと、さっそくメニューを開いた。適当な食事を頼み、来るまでは何気ない談笑を続けていた。ウェイトレスが来て、香ばしい匂いが食欲をそそるソーセージや酒のつまみになりそうな魚のムニエル、ワインとジュースがテーブルに置かれる。アルはウェイトレスにチップを渡して、しばらくここに近づかないようにと視線で送る。彼女は静かにうなずいた後、その場から去った。

 アルとエクスは料理を堪能した。ソーセージを一本多くエクスにとられたのは、不覚だったが、エクスは何食わぬ顔だ。彼はため息をついた後、ワインを口にし、グラスを置いて腕をテーブルに乗せて言った。


「ここに着いたとき、リベルタ人の二人組がいた。アルシレフ人風だけど、わずかに見えた刺青でわかったよ。どこに行ったかは知らないけどね」

「ははん、あいつらも遺跡を狙っているってこと?」


 アルは腕を組んで、少し考えこんだ。憶測を言うべきかどうか、悩んでいると、エクスのほうから話が続けられた。


「ま、どちらにしろ、始末すればいい話じゃない」

「そういう問題かな。……荒事はあまり好きじゃないんだけど」

「本当に?」

「本当だよ。面倒くさいことこの上ない」

「この町を散策するって言ったのは、処分するためだと思ったけど?」

「まあ……」


 アルは視線をそらしてワインを口にした。エクスは意地悪な笑みを浮かべて、さらに続ける。


「私が残ってもいいけど?」

「もっと面倒なことになる」

「じゃあアルがやるしかないわね」

「そうなるね」


 肩をすくめるアルに、励ましているつもりかエクスは微妙な言葉を投げてくる。その後しばらく食事を続け、片づけてもらった後、エクスが口を開いた。


「そういえば」

「何?」

「言うの忘れていたのだけど、この地区に来てからどうにも何かを感じるのよね」

「何かって?」

「わかんない」

「まあわかれば苦労はないか。さっき不愉快な顔をしていたのはそのことだったんだね。ちなみに方角とか、そういうのはわかる?」

「うーん……」


 エクスは両腕を組み、少し考えこんだ後、こぶしで顎を軽くたたきながら言った。


「ホテルのあたりから、かな……その前から少し強かった気がするけど」

「ホテルの近辺か……」

「うん」


 アルは少し考えこんで、エクスの違和感の正体を探ってみるも、今はまだ考える素材が足りない。スパイ探しもかねて、町の探索を行う必要があるようだ。


「正体がわからないんじゃ仕方ない。わかればよし、わからなければわからないと報告するだけだ」

「お気楽というか、適当というか」

「誉め言葉として受け取っておくよ」


 アルはそう言って、ワインを飲みほした。エクスはただ笑みを浮かべている。その仕草が少しだけかわいらしくて、アルはなんだか恥ずかしくなってしまい、目をそらしながら言った。


「ホテルでは大丈夫なの?」

「あそこでは眠れるぐらいにはなっているから。寝なくても大丈夫だしね」

「寝てくれよ。この前にみたいにゲームをずっとやっているとか、僕の健康に悪い」

「いいじゃない。なんでアルの健康に悪いの?」

「君が徹夜しても平然としているのを見るのが怖い」

「なによそれぇ」


 エクスは酔っぱらっているかのように大笑いした。間違って酒でも頼んでしまったかな、とアルは思いつつも、明日の探索する場所を考えることにした。

 その後、エクスには先にホテルへ帰ってもらい、アルは一人店に残っていた。しばらくは黙っていたが、少し顎に手をあてて考えこんだ後、カウンターでボトルを一本頼むと、スポーツ観戦をしている人々の場所へとやってきた。


「やあ。景気はどう? よければ一緒に」

「おう、いいぞ。一緒に盛り上がろうぜ!」


 テレビでやっていたのは、都市対抗のゲートファイトボール大会の様子だったらしく、場所はこの都市とは別の場所のようだった。エクスは持ってきたボトルを開けて、一緒に盛り上がり、場になじみつつも、自然と話を切り出す。


「そういえば、最近エルシュ・レイムで変わったこととかないかい? 久しぶりに来たものだから、いろいろと知りたくて」

「変わったこと? あー、なんだろうなぁ。お前分かるか?」

「暴動が大きくなったなぁ。まったく、昼間っから元気だぜ。前はあんな大人数じゃなかったのによ」

「そうだなぁ、あいつらどこであんな勢力になったのやら。……変わったことといえば、俺、歴史会館で清掃しているんだが、新しくきた職員がこれまた美女でさ」

「へぇ、その話よく聞かせてくれよ!」

「黒髪のビーストマンの女でさ、これまた褐色の肌が健康的で、なんていうの? 胸とかもでかくてなぁ」

「お前そういうことばかりだな!」

「うるせぇ!」

「ちなみにいつぐらいのこと?」

「一週間前だったかな。昼に働いているようだけど、なんでだ? 兄ちゃん」

「あ、ほら。点数が入るよ!」


 会話が続き、少しばかり違和感を覚えさせる前にアルはテレビに再び目線を送らせ、エルシュ・レイム側のチームが点数を入れたことで、一緒に歓声を上げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る