第二話

 オーガのドライバーの荒い運転に振り回され、アルとエクスは郊外の建造物にたどり着いた。アルは背中をさすりながら、代金を払い、外に出る。エクスは「二度と乗らないからね、こんなタクシー!」と喚いて、勢いよくドアを閉めた。


「またどうぞ」


 オーガのドライバーは冗談交じりに挨拶するとホイルを軋ませて戻っていった。二人は気を取り直し、建物を見上げる。

 古い石積みのゴシック風な建物で、所々に苔が生えている。上の方に視線を移すと、山の都エルシュ・レイムの旗がはためいていた。よどんだ空から、一雨来そうな気配がした。天気が変わりやすいのも、このエルシュ・レイムの特徴でもあった。

 車止めの前で衛兵が立っていた。職質を受け、アルは「ユング・イルオル氏と面会の予定がある」と伝えた。衛兵は内線電話で確認を取ると、無表情に、中へ案内してくれた。

 庁舎の中身を全て持ってきたのだろうか。人がやっと二人広がって歩けるぐらいの通路に、無造作に積まれた荷物。整理もされずに放置されている。おそらく引っ越しが間に合っていないのだろうとアルは考えた。スーツ姿のピクシーや携帯電話で話ながら足早に階段を上るゴーレムたちを見送った。


「こちらになります」


 衛兵が部屋の前で立ち止まり、アルたちに告げた。軽くノックをし、到着を告げた。扉が開くまで約五分。小太りの、右目を眼帯でふさいでいる男が現れた。汗でにじんでいる襟。ネクタイも申し訳程度にぶら下がっているだけで、中央役人としてはラフな格好だった。小さな咳払いが聞こえ、アルは慇懃に、お辞儀をした。


「いやぁ、どうもどうも。お手数をお掛けして申し訳ない」


 男はハンカチで汗をぬぐいつつ、人の良さそうな笑みを浮かべて、二人を中へ通した。

 雑然とした部屋には、ダンボール箱が所狭しと置かれていた。その一つを開封していた秘書らしき女性がアルたちに会釈をすると、外へ出ていった。


「人払いしたほうが良いかと思いましてな。いやはや、それにしても、大変な時期にまいられましたなぁ」


 アルは黙ったまま握手を交わした。

 男はあわただしく汗をぬぐいながら、二人にソファーをすすめた。ソファーは見かけよりわずかに固く、座り心地が悪かった。しばらくして先ほど席を立った女性が戻り、冷たい茶をふるまう。お辞儀をして、再び女性は部屋の外へ出ていった。


「改めまして、ユング・イルオルと申します。この度は山の都、エルシュ・レイムにお越しくださり誠にありがとうございます」


 ユングは赤い飲み物に手を付ける。エクスはグラスが曇っているのを見て、顔をしかめていた。そんなことはお構いなしに、ユングとアルが飲み始めると、彼女は信じられないといった表情で肩をすくめた。

 落ち着いたところでアルは、自己紹介を始めた。


「古代文明遺産調査員のアルシャード・リアセスと申します。こちらは助手の」

「エクス・ペンドです」

「ようこそ、アルシャードさん、エクスさん。この度はこちらの要請にお答えくださり、感謝いたします。エリアムスの本部のほうから?」

「ええ」

「いか程かかりましたからな?」

「今朝方、たちましたので、半日ばかり」

「それは遠路はるばるお疲れ様でした」


 白々しい社交辞令を並べた挙句、沈黙に至る。


「それで、ええっと。まあ……調査員を要請ってことは?」


 と、アルは間抜けな合いの手を入れた。ユングは怪訝な表情でにらんだ。


「もちろん、おかしなものを発掘したからですが?」


 エクスが話を継いだ。

 

「何を発掘されたんですか? 具体的な話を伺いたいのですが」


 ユングはグラスを置き、両手を組み合わせた。


「つい二週間前ですかな。ここから車で半日ほどの距離の丘陵に、ツゲルリという、寺院のような遺跡がありまして、そこの調査および解体工事の準備を行っていたのです」

「調査というのは、遺跡周辺の街および空港開発のための? 寺院ということは、信仰にも関わりそうですが、そう簡単に壊してもいいものなのでしょうか?」

「はい。私はその総責任者なのですが。もともと風化していていつ崩れるかもわからないため、観光にも使うには危険な遺跡でして、取り壊すことは前々から決まっていたのです。新しく寺院を立てることも考えていまして。しかしその工事中に丸い球体の、鉱石のようなものを見つけたのです。動かすにしても、何が起こるかわからない。こちらとしては後三日で解体工事が始められないと、業者に追加料金を支払わなければいけなくて」

「世知辛いですねぇ」

「本当に」


 なんとなしにアルは苦笑して見せた。それに同調してユングも苦笑し、ジュースに口づけた。エクスはあきれた顔をして、アルの足をぎゅっと踏みつつも、笑顔で話を催促する。アルは痛みを感じつつも、笑みをそのままにして我慢した。


「それで我々にその石が古代文明の遺産かどうかの調査を依頼したわけですね」

「おっと、そうでした。封印するにも我々は素人同然ですからな。そこであなた方をお呼びしたわけです。二週間前、発見してすぐにご連絡を入れさせてもらった後、ご返答にずいぶん時間がかかったようですが」


 ユングの顔が非難めいたのに対し、何食わぬ表情でアルは返した。


「あいにく、こちらも調査員が出払ってしまっているのです。たまたま仕事を終えた我々に白羽の矢が立ったわけですね、はい」

「はあ」

「ご安心を。仕事はしっかりしますので」


 あいまいなアルの言葉をエクスが必死に弁解している。

 自分以外の調査員を派遣させてもらうか、しかし三日しかないとすればそんな時間もない。結局自分たちで解決するしかないのだろうと考えをまとめ、さらにあきらめをつけて、ユングに向けて顔を頷かせてみせた。


「ひとまず引き受けます」

「助かります。どうかよろしくお願いいたします」


 ユングが握手を求めて手を指し伸ばす。アルは力なくその手を握った。


「では先だって……まずは鉱石のようなものというものがどういったものか、確認させていただきたいのですが」

「とはいえ、もう時間が遅い。ホテルはこちらでご用意させていただきました。身分証も明日でき上りますのでね。ここから遠くない、アーデスト歴史会館の近くに建てられた閑静な場所ですので、落ち着いて眠れるかと。あとこちらが資料になります」


 ユングはまとめられた紙の資料を両手でゆっくりとアルに手渡した。アルは少し目を通し、頷いて資料を鞄にしまった。そして立ち上がり、部屋を去ろうとする。ユングも立ち上がり、お願いしますと頭を下げていた。その頭のてっぺんは禿げてしまい、苦労しているのだな、とアルは同情をしてしまう。アルシレフのヴァンパイア族は髪が丈夫と聞いたことがあるが、本当なのだろうか。

 そんなことを考えていたアルだったが、不意に足を止め、歩き続けようとしたエクスが背中にぶつかったのも気にせず、顔を見上げ、少し手で顎を抑えながら考えた後、ユングに訊ねた。


「あっと。帰る前に、よろしいですか?」


 アルは自分の目を指さして訊ねかけた。


「目はどうされました? 飲んでいたのはブラッドジュース……つまりはヴァンパイアが好んで飲む市販の飲み物だったと思いますから、あなたはヴァンパイアであると勝手に推測してしまいましたが?」

「ああ、恥ずかしながら、暴動に巻き込まれてしまいましてな。殴られてしまいまして」

「なるほど……それは災難でしたね」

「いえいえ。このぐらいのこと」

「もう一つ、中央庁舎で暴動が起きたのは、いつ頃のことですか?」

「そうですな……」


 ユングは卓上カレンダーを手にして、指を差して確認をする。


「うん、そうですな。発掘が行われた三日後のことです」

「ありがとうございます。では失礼いたします」

「ちょっと、アル! 待ちなさいよ!」

「はいはい」


 エクスの文句も聞き流し、アルは外へと出ていった。来た道を戻り、臨時出張所の入り口に出た。するとポツポツと空から雨粒が落ちてきている。どうしようかと悩んでいると、後ろから慌てた様子でユングがやってきた。


「濡れて風邪をひかれても困りますからな」


 そう言って、傘を手渡す。


「わざわざありがとうございます。それでは」


 ユングに会釈をすると、二人は歩き始めた。雨のエルシュ・レイムは落ち着いた佇まいを見せた。

 不意に、エクスが言った。


「それにしてもアル」

「なんだい?」

「いつものことだけど、もっとやる気出すこと!」

「いやぁ……今回も厄介ごとに巻き込まれることになりそうだね」

「だから面白いんじゃない」

「そうかなぁ」

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