第一話

 曇り空が切れ、日差しが天空から落ちてきている。列車が止まり、開いた扉から古めかしい飾りつけのしてあるホームに降り立ち、ふとその空を見上げてみると、大きな鳥が、鳴き声を上げながら飛び去っていく。

 山の都とはいえ、まだまだ暑さの残る時節。列車を降りる人々は上着を脱いだり、半そでの姿であったりする者もいた。

 アルとエクスは人の流れに沿って、大階段を上っていく。

 改札では、せわしなく駅員が検印している。それでも追いつかず、長蛇の列ができていた。しばらくその場で過ごそうとしているのか、自動販売機で飲み物を買うものや、座れる場所を見つけ煙草を吸っているものも見受けられた。喧騒がこだまして、さながら祭り騒ぎのようであった。

 この世界、龍天と呼ばれる場所は、情勢不安定を抱えつつも、綱渡りの安穏を装っている。

 北洋に住むリベルタ人と南洋に住むアルシレフ人の両者の大規模な諍いがあったのが五十年前のこと。一部の地域が荒廃するほどの激戦を繰り広げた両者は、つまるところの痛み分け、戦に出た主戦派の死によって、休戦協定という形で終わったのは何とも皮肉なことであった。リベルタ帝国が南下し、侵略を行ったこの戦いは、ただむなしい記憶として今も人々の心に残っている。現在もその火は燻りつつあった。

 ここ、南洋に存在する山の都エルシュ・レイムは他と違い、前線から離れていたため被害が少なかった。

 武骨でありながらも美しい石造りの駅舎や建物、点在する高級建築が織り交ざっている姿は、戦前の忘れ形見である。

 正面中央口をでると、タクシー乗り場があった。大あくびをしながら新聞を流し読みしているビーストマン。日差し避け用の帽子をかぶったヴァンパイアはキセルをふかし、はたいた灰が大量に地面に積もっている。また別のタクシードライバーの一群が客待ちでだらだらと話し込んでいる姿も見られる。

 観光客が現れると慌ててドライバーたちが人を呼び込み、何人かが客をつかまえ目的地へ出発していく。バスターミナルのほうも、やはり観光客でごった返しているようだ。人の匂いがあふれかえり、清浄な山の都というには少々淀んでいるようにも思えた。


「静かな街って聞いていたけど? アル」


 苦虫をかみつぶしたようにあたりを伺うエクス。

 アルは、金髪の巻き毛をいじりながらつぶやいた。


「どこもこんなもんだろう?」


 アルにそうたしなめられ、エクスは、大きくため息をついた。

 視線の先に龍をかたどった紋章を持つ建物が見られる。龍というのは、リベルタ人にとってもアルシレフ人のどちらにとっても特別な意味を持っていた。門外漢の二人にとっては、くだらない固執とも取れた。ただ歴史というものにいやでも向き合わなければいけない二人には、それがどれだけあいまいであるかもわかっていた。

 アルが紋章を眺めていると、タクシー乗り場のほうからオーガが一人やってきた。角の生えた赤肌の大男だった。


「あんたたち、観光かい?」

「いや、仕事でね。乗せてくれないかい」

「いいぜ、そこのリベルタ人は乗せられねぇが、いいか?」

「私はリベルタ人じゃなくてエリアムス人なんだけど」


 と、エクスは不満げに言った。


「おっと、じゃああんたも?」

「そうなるね」

「こりゃ失礼した。二人とも乗ってくれ」


 まだまだリベルタ人とアルシレフ人との確執は大きいらしい。そんなアルのスーツの袖をエクスが引っ張り、無理やりタクシーのほうへと連れていく。

 オーガのドライバーがトランクに荷物を載せると、二人は後部座席に乗り込む。車内はヤニ臭く、エクスは顔をしかめた。


「悪いね、お嬢ちゃん」

「換気くらいしなさいよ」

「ハッハッハ! そんなんじゃおっつかねぇな!」


 オーガのドライバーは真新しいカーナビを起動させ、「この機械、動かしづらくて仕方ねぇ」と、不器用にさわりながら、エンジンをかけた。切りかえしで少し車体をこすった。エクスのしかめっ面がさらに強くなる。

 遠ざかっていく駅舎を振り返った折、アルは「自分たちと同じ匂いのする」男たちを見かけた。二人組の、太り気味のオーガと小さい体のバジリスクだ。どうやら、この都も安定しているわけではないようだ。


「どこまで?」

「とりあえず中央庁舎までお願いできるかい?」

「あー……中央庁舎か。あそこはやめておいたほうがいい」

「どうして?」

「ニュースは見てない?」

「ええ、まあ……」


 アルはあいまいな言葉で逃げた。表通りを抜け、一筋脇に入ると風景が変わる。駅前の繁華街とは違い、閑散とした佇まいであった。


「今あそこは封鎖されているよ。暴動やらなにやらが起きてね」

「暴動ねぇ」

「今も、おっと……先のほうを見なよ」


 ドライバーが乱暴にブレーキをかけ、渋滞の先を指さす。アルとエクスは仕切り板越しに、前方を眺めると、大規模なデモの行進が目についた。プラカードや横断幕をかかげて、シュプレヒコールを上げていた。


「タラスク様の信仰をもう一度!」

「我らはタラスク様の遺跡を破壊する政府を許さない!」


 そんな叫び声が一斉に聞こえてくる。アルは身を乗り出して眺めた後、オーガのドライバーに訊ねた。


「タラスクっていうのは?」

「六大竜の一つって言われている、一部のアルシレフ人にとっては神様みたいなものさ。といっても、遺跡に何の価値があるのやら。五千年も前にどっかに消えちまった神様のことなんか、気にしてても仕方ないと思うけどね。ともかく、こいつらは遺跡がタラスクの関わるもので、その遺跡を壊して新しい開発をしようとしているエルシュ・レイムの政府が気に食わないってことさ。新しい寺院も作るって言っているのにな」

「なるほど」


 アルは同意しつつも、どうしたものかと悩み始める。これでは仕事にならない。自分たちの仕事もかかわってくるだろう。このデモ隊との衝突も考えられるだろうと、彼は思った。


「庁舎のなにがしさんに用があるかは知らねぇが、臨時の出張所を設けているよ、そっちいくかね?」

「そうだな」


 急カーブをした拍子にエクスがバランスを崩し、思わずアルを抱きしめてしまった。


「だから、もう少し運転を丁寧にしなさいよね!」


 その体勢のまま、エクスはドライバーに文句を言うが、彼はただ豪快に笑って、目的地へと向かうだけであった。

 休戦協定の中での小さな諍い。いつの世も人の集まるところ、小競り合いが途切れることはない。それが生きとし生けるものの性というものなのだと、アルは思った。

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