Ⅴ Vの系譜

014 Vの系譜に――影法師

『ああ、きっとこの白い家のどこかにいるんじゃない? ここにいないのに、紫藤くんのシンクロが強くて、声が響く』


 私は、ぞくっとした。

 絶対零度にいる。

 風は白く私の周りを取り囲む。

 白い影法師が私の隣にいた。


「俺、紫藤壱流だよ」


「うそ! 何故お化けに? 私だって幽体離脱したから、人のこと言えないけれども」


 影法師が揺らいでこちらを向くようだ。


「あまりのシンクロの強さに影法師として現れたみたいだな」


「やはり、逢魔が時の刻印書が何かを導き出そうとしているからじゃない」


 ――ああ、紫藤くんの言の葉が、私の胸に強く突き刺さる。

 俺は、あの恐ろしい詩の続きを読みたいとも思わないのに。

 どんなに眩しい光の中にあっても不思議と読める。

 聖花ちゃんが、そんな風に俺に助けを求めているようだ。


「聖花ちゃんの瞳だけではないよ。俺も読み解く力があるようだ」


 ――又だよ、紫藤くんの内なる思いが届く。

 今度こそ離さない。

 聖花ちゃん、キミは、俺には高嶺の花だった。

 今、こうしてぬくもりを感じられる。

 聖花ちゃんの俺への気持ちは分からないけれども、守りたいと思わせてくれ。


 近くて遠い存在だった夷中いなか中学校時代、遠巻きに見ていた。

 同じ秋藤高校へ行けて嬉しかったな。

 学校で活躍すれば振り向いてもらえるとか、訳の分からない理由で生徒会長にもなった。


 大丈夫。

 俺達は、仲間だから。

 ああ、でも、『紫藤くん、何の仲間なの? 古書が読める仲だから?』とか、言われそうだな。


 聖花ちゃんは奇怪な現象に怯えている。

 女の子だものな。

 本当の男は、危機に陥ったときに手を差し伸べるものだ。

 父さんだったら、きっとそうする。


「よし、読んでみよう」


「こ……。怖い。でも紫藤くんが私と手を繋いでくれるなら」


 ――恥ずかしくも告白した私に、紫藤くんはもっともっと情を注ごうとしてくれた。

 俺は、震える彼女を抱きしめたかった。

 けれども、俺達は、焦らずにお付き合いをしたい。

 まだ、仲間で十分なんだ。


「じゃあ、俺が読む。心の目で!」


 ――紫藤くんの決意がどくっと心の臓に伝わるじゃない!

 俺は、双眸を開いた。

 静かに瞑る。


 古の文字が、心眼に浮かぶ。


 ◇◇◇


 白と黒、長く流れる偉大なる神が現れしとき、我々は『龍』と記す。


 白き龍と黒き龍、纏まりて陰陽入り混じる。


 光と闇、その『ぎょく』より得られし。


 白き龍の玉、光り輝く美しき女。

 黒き龍の玉、闇より仕える力ある男。


 それらは、愛と憎しみを生む。


 人の夢は人を愛すること。

 魔のモノの夢は人を憎むこと。


 これより先、神より与えられし純血の系譜、『Vの系譜』という。

 名も知らぬVの為、子孫を残す際、役に立つだろう。


 ◇◇◇


「紫藤くん! 早く出て来て!」


「今に腹の中から聖剣を作り出すさ。それで、これは、対比に当たる記述だな」


 影法師の俺は顎に手をやり、思案していた。

 すると、聖花ちゃんの心眼にも届いていたのか、自然と口を開く。


「お父さんから貰った私の本には、行間に日本語があったの」


「なるほど、そうか。誰が書き込んだのだろうな」


 俺達は、『逢魔が時の刻印書』の冒頭を知っている。

 眩しい光の中に二人の女が立ちふさがった。


「セイカ、ぶつぶつとうるさいね」


 俺が思うに、退廃的なエルライミサは理解できているのか?

 学の問題ではなくて、勘で読めるのか?


「これは、アタシの子守歌に違いないさ。そして、子どもに向けた呪いの歌さね」


 エルライミサが何か口を挟む。

 白い炎なる文字が、いつ消えるか分からないからな。

 俺は読んでしまいたい。


「これは、『Vの系譜』と呼ばれしもの」


 その台詞は、俺と聖花ちゃんだけのシンクロだった。

 エルライミサが分かっていないとの決定打にはならない。


 ◇◇◇


「Vの系譜だって?」


 エルライミサもジャンセルもこちらを睨んだ。

 まあ、いい。

 俺は、続きを読もう。


「――本書への登録は一九五九年で、『EIイーアイ』が確認される。女性らしい」


 よく目を凝らすと、『EI・イーアイてん』とある。

 これは、人の名前だろうか。


「聖花ちゃん、EIさんって知っている?」


「うん……。知っているような。知らないような?」


 ――紫藤くん、私がタコ茹でになりたくなったの分かった?

 聖花ちゃんの困った顔も可愛いな。

 おっと、それだけでは分からない文字が多いな。

 これらも名前なのだろうか? 『SUMI・エスユーエムアイてん』、『MOMOE・エムオーエムオーイーてん


「分かった。聖花ちゃん。無理しなくていいよ。どうやら、お婆さんのお名前のようだ。モモエとか、流行った次期は古いからな」


 聖花ちゃんは、こくこくと頷く。

 俺の安い推理は、ここで終わらない。


「もしかしてなんだけれども、俺達は、時間旅行をしたのではないか?」


「時間……。旅行?」


 聖花ちゃんは、不思議そうに眉を寄せている。

 時間旅行だなんて、SFかファンタジーかってことだろうか。

 まさか自分が関わるとは思っていなかった。

 それも、聖花ちゃんも一緒に。

 何故そうなったか?


「まだ、信じられないよな。聖花ちゃんのお父さんは、早くに連れ合いを亡くし、俺のところもそうだから。何か共通点があると思うよ」


「それは、お母さんがいないことかな? 紫藤くん」


 二人にとって、痛い共通点だろう。

 母さんへの思慕は、お互い様だと思うけれども。


「聖花ちゃんのお母さん、優しい人だったと父さんに聞いたよ」


「うちのお母さんを知っているんだ!」


 口元に手をやって、喜々と跳ねる。

 可愛いなあ。


「父さんは、家で酒に負けると、必ず、神鏡さんの結婚式に呼ばれたときの話ばかりするんだよ」


「ふううん。どうしてだろう?」


 黒髪が、小首を傾げるので、さらさらと肩から流れる。

 この瞬間が好きだな。

 俺も歯がゆくって仕方がない。


「聖花ちゃんのお母さんにほの字だったらしいよ。くすっ」


「にゃー! お父さんが変わってしまうよ……。今のお父さんがいいのに」


「本気で困るなって」


 暫く和んだ。

 すると、一瞬のことだ。

 本が瞬き、木賃宿内を何もなかったかのように照らした。

 眩かった白い本は閉じ、浮遊を止めて、聖花ちゃんの手元に戻る。


 『Vの系譜』の続きを誰も読めなくなった。

 白い炎はもうない。


 母さん……。

 俺にも小さい頃はいたのだけれども、あまり覚えていないな。

 シトラスの香りがしたのはよく覚えている。

 あれは何だろうか?

 お風呂で、俺を洗ってくれたのか?

 小学校上がる前位まで家にいたのは覚えている。

 まさか、シトラスの入浴剤だろうか?

 家は、あの村に置いて行った。


「お化けのボウズ、どうした突っ立って。アッシの家に泊まりたかったら、金を払うか、働きなよ」


 ジャンセル・オルビニアンの欲深い声が、俺の爽やかな母親への思慕を握り潰した。


 シトラス、シトラスよ。

 俺にだけでいい。

 きっとどこかで生きているであろう、母さん。

 その香りをシトラスに乗せて届けておくれ。

 お風呂にも入らないとな。

 鏡の湯に入ってくればよかった。

 え?

 男湯だよ。


 この後、俺は影法師の姿でいる力を失った。

 疲れたのかな。

 又、腹の中か?

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双刻のヴァンパイア降る荒野 いすみ 静江 @uhi_cna

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