Ⅳ 銀髪の美しい人

011 朝霧に――銀髪をなびかせて

「テレビに東京スカイツリーが爆破されたようだった。それで、皆が消えたのかな?」


 私は、この地に舞い降りてぶつぶつと考えていた。

 愛しい人に再会したい。


「きっと、お父さんも紫藤くんもいる。絶対に」


 気を取り直して、空が明るくなるのを待とう。

 指に触れたもので、手を痛めた。

 これは……。

 植物のようだ。

 こんな砂地にも草が生えているんだ。

 お腹が空いたから、食べようかと思ったじゃない。


「今は夜なのかな。雪国の秋河県民よりも寒く感じる」


 半纏を被り直す。

 身を震わせたが、中々あたたまらない。

 あ、いいところに大きな葉が落ちている。

 お腹に掛けようかな?


「にゃにゃ! 虫がいるじゃない!」


 お腹が冷えてもいいです。

 うう、脚の高い虫は怖いですから。

 半纏を布団代わりにしよう。


 時間ばかりが過ぎていく。

 もしも、かがみ屋で早起きしたら、新聞配達と空気の音が聞えてくるのに。

 脈のような時計の秒針が耳に鳴る。

 がんばったよ。

 でも、こんなところでは、絶対に眠れないじゃない。


「でも、体力温存しないと。眠るんだー。眠れ、眠れー」


 念じる程に、お目目ぱっちりだ。

 砂は、嵐となり、私をじりじりと飛ばす。

 さっきのアロエみたいな植物でいい。

 掴まらないと。


 風から顔を背ける。

 すると、そちらからも風が吹きつける。

 しつこいなと思いつつ、繰り返すこと二十三回。

 諦めて、目をしっかと瞑り、鼻と口を覆った。


「うびゅるびゅるびゅるびゅー。朝がこんなに待ち遠しいとは思わなかった」


 いつも烏色のお部屋に一人っきりで寝ていると思っていた。

 本当は、かがみ屋の皆と一緒だったんだ。

 お父さんが微笑んでいる姿が瞼に浮かんだ。


「夢だよ。聖花、寝なさい……」


「そうなの? 現実だとは思えないよ」


 白い古書に怯えながらも手放したら帰れない気もした。

 飛ばされないように、胸にしっかと抱えて砂の嵐に耐える。 


 朝がぼんやりと近付いてきた。

 さあ、動こうと思ったら、急に眠くなったじゃない。

 夜通し起きていたからだろうな。

 時間にして二分程、意識が遠のいた。

 甘い砂の風に包まれて、睡魔に負けたのだろう。


 ◇◇◇


「今、何時だろう。私は、意識がなかった間、大丈夫だったのかな?」


 ――この地の太陽が、尾根から顔を出そうとしていた。

 やがて、知らない鳥が遠くにぽつっとある木から飛び立つ。

 空はねぐらを去ろとする赤い鳥に占められた。

 朝陽が地と擦れるようになじむとき、女性が頭上に水籠を支えて歩いてきた。

 小さなシルエットが次第に近くなる。

 思ったよりも足が速く、私のバストと彼女のバストが触れ合う位だ。

 彼女の一番印象深いのは、長い銀髪と銀の瞳だろう。

 肌は、この暑さのせいかこんがり小麦色だ。


「********?」


 えーと、美人さんは何て言っているのかな。


「****?」


 その女性は水を置いて、私が胸に抱える古書を何度も指差す。


「え? この本がどうかしたかな? お父さんの大切な本だって、どうやって伝えたらいいんだろう」


 彼女はピアノでも弾きそうな細い指で、白い古書を撫でた。


「きゃっ。びっくりするじゃない」


「オレは、エルライミサ・オルビニアン」


 エルライミサだって?

 エルライミサ・オルビニアン、あの魔のモノと同じ名だ……!


 『逢魔が時の刻印書』が、無関係ではない筈だ。


 ◇◇◇


 ほんの偶然だろうか?

 私が『転生』するのは、予知夢が定めた運命だったのか。

 ヴァンパイアのシルエットがそれを指し示している。

 けれども、この人は、魔のモノと同じ恐ろしい存在感がない。


 急に彼女の話が分かったのはどうしてか。

 異邦人の私にも、名乗ってくれたことが理解できたんじゃない。

 もしかして、白い古書が翻訳を手助けしてくれたのか?

 私ったら、色々な本の読み過ぎかも知れない。

 『転生』しちゃったのかな?

 可愛い動物さんならましだった。

 ウサギさんとかだったら雪原を跳ねるのにね。

 もう自分のいた日本じゃないみたいだし。

 そうだ、『転移』だ。

 それなら、アメリカから太平洋横断とか考えられるけれども。

 北からの陸ルートにしようかな?

 私ったら、寝惚けている割に無駄に考えているじゃない。


 そうだった。

 エルライミサと呼び捨てはよろしくない。

 お名前には、さん付けしよう。

 彼女が自己紹介してくれたんだし、私もしないと。


「神鏡聖花です。よろしくね」


 私から握手を求めた途端、彼女は水のはいった籠を持ち上げた。

 パシャリと顔と肩に水もはねてくる。

 ちょっと振られても残念なものだ。

 ん?

 握手の文化がないのかな?


「カガミ・セイカ……」


 その代わり、エルライミサさんが、随分と私に視線を送る。

 私の瞳に溶け込む程に、彼女が映り込む。

 困ったな。

 目のやり場もなく、白い古書をぎゅっと抱きしめる。


「あ! 気が付いちゃった」


 パチンと手を叩く。


「にゃ! 私とそっくりだわ。すっと通った鼻筋が可愛いかなとか。それに、気にしている右頬のほくろもある。エルライミサさんの綺麗な瞳の色が、シルバーで美しいわ。それから、くりっとした印象と十一ミリもある睫毛も文句なしじゃない」


「そんなに……。あたしと似ているのかい?」


 彼女の銀髪は、腰まである。

 エスニックな紐で結っていた銀糸が、一本、二本とざわめいていく。

 はっと登った朝陽に、風と共に孕まれた。


「エルライミサさんと生き写しってこのことかな。ドッペルゲンガーじゃなくって」


「でも、あたしとセイカは、他人だろうね」


 彼女の放った他人の響きに、妙な感覚を覚えた。

 そんなに他人だったっけ?

 何か覚えのあるような気がする。


「ねえ、鏡とか見ないの? うちのかがみ屋には沢山あって、恥ずかしいけれども」


「カガミ? 知らないね」


 折角、綺麗なのに、頬に民族的な赤で書き殴った三本の線程度の化粧しかしていない。


「自分の姿を見るのよ。まあ、持つわ。水の籠も重いでしょう」


「それがセイカのカガミなのかい。あたしらは、こうして水で確かめる。あたしは、カガミが要らないね」


 黙々と家路の尾根を踏む。


「家にくるか?」


「う、うん! お邪魔します」


 エルライミサさんが、夕陽へ向かって真一文字に口を結んだ。 

 特別な思いがあるのかと、そのときは、窺い知らなかった。


 鏡は、確かヴァンパイアにとって面白くない筈だと。

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