009 花より団子派――だってさ

「旦那様、やはり救急車をお呼びましょう。確かに郡内組合まで行かないと病院がありませんが」


「國坂さん、大丈夫だ。必ず起きるんだ。聖花は」


 ん……。

 何か、騒がしいな。

 私、あれからどうしたのかな。

 また、少し眠っていた。

 霊魂シンクロは解けたみたい。

 自分だ。


「聖花! 聖花――!」


「神鏡さん、目を覚ましてくれよ」


 けれども、私じゃない!

 私は、気を失ったまま、天井の上から見下ろしていた。

 ここは、救護室ね。

 スーツに着替えたお父さんが私の顔の近くで、その隣に紫藤くんがいる。

 あ、お父さんが私の手を取った。


「紫藤壱流くんだったね。もうここはいいから、お父さん達のところへ戻って欲しい。聖花に脈がある。疲れているんだと思う」


「神鏡さんのお父さん。俺が不用心でした。すみません」


 紫藤くんがさっと頭を下げた。先程とは別人みたい。


「何も、謝ることはないだろう? 聖花は、ヴァイオリンの後、鏡の湯にも入っていたとうちの者から聞いたよ。のぼせたのだろう」


 お父さん、いつも優しいな。


「いえ、俺が神鏡さんを傷付けたのです。それがいけなかった」


「どんな傷を?」


 こ、これが、婿の洗礼というものですか。

 お父さんの眉が一つ山を作った。


「いやいやいやいや。からかっただけです」


「どんなからかいを?」


 お山が二つも。


「いやいやいやいや。鎌をかけたというか」


「どんな鎌を?」


 そんなに顔を近付けたら、紫藤くんが逃げちゃう。

 お父さんは、一人娘を可愛がりすぎよ。


「ははは、神鏡さんのお父さんは、勘が鋭いですね」 


「お褒めに預かりましても」


 そうなんだ。

 だから、私も勘が鋭いのかな?

 だって、今は幽体離脱じゃない?

 ええ!

 もう直ぐ死んでしまうってこと?


「聖花、心残りがある。お願いだよ……」


 すんとした空気に場が変わる。

 今までにない香りがやわらかい。

 でも、くすぐったいな。


「聖花、十六歳のお誕生日、おめでとう」


 これは、ブーケだわ。

 お父さんったら泣かせないで。

 花までしょっぱくなっちゃうじゃない。


「神鏡さん、俺は、こんなに感動的な花束を知らないよ。さあ、瞼を起こして。プレゼントを受け取らないとさ」


「聖花! そばも拵えるから!」


 私、花より団子派かも。

 おそば食べたいな。

 食べたいな。

 さっき覗いた山菜そばがいいな。


「聖花……」


「救急車はまだサイレンも聞こえないですね」


 二人で何かを相談している。

 きっと私のことだ。

 私がベッドから起きないからだ。

 天井から、幽霊ごっこなんてしている場合じゃない。

 ああ!

 ベッドから私の腕がぶらりと落ちる。


「おい! しっかりしろ。聖花」


「神鏡さん!」


 二人で私の手を取ってくれたとき、ビビビと電気が走ったじゃない!


「――お父……さん。山菜そばが、いい……」 


 ◇◇◇


「はい、召し上がれ。特製の山菜そばだよ」


 私は、居間のちゃぶ台でお父さんを待ち焦がれていた。


「いただきます」


 ずずっと、紫藤くんがいても美味しそうに食べちゃう。

 私の好きな山菜はゼンマイなので、ちょこちょこと小皿に集めて後から食べるんだ。

 お母さんが元気な頃から、はしたないと躾けられていたことだけれども。

 こうすると、おいしいのだ。

 お出汁がなんともお父さん味で堪らない。


「神鏡さんって、すらっとしているから、食も細そうなのになあ。美味しそうにいただくのですね」


「えーと。どうして、紫藤くんがいるの?」


 私は、食べるのに専念しているの。

 少し恥ずかしくなったじゃない。


「まあ、俺のせいだしな。肩に倒れてこられて、無視できないだろう?」


 肩に倒れたって。

 私が?

 紫藤くんに?

 また、タコ茹でになっちゃうよ。


「……何だろう? 東京で何かあったみたいだよ」


 紫藤くんの目線を追う。

 確かに、テレビのニュースが慌ただしくなった。

 不発弾が、東京スカイツリー付近の建物にあるらしいって。


「ごちそうさまでした」


 対岸の火事とニュースを横目に、山菜そばを平らげちゃった。


「かがみ屋のおそばは、格別なんだからね」


 嬉しくてウィンクしちゃう。


「聖花、ありがとう」


「紫藤くん、手前味噌ですみませーん」


 明るい笑い声が、誰ともなく笑みがこぼれた。

 さっきは、心配を掛けてしまって申し訳ない。

 厨房にどんぶりなどを下げようとしたら、お父さんが後で洗うから大丈夫だと言ってくれた。

 やはり、いつも通り優しいなあ。


「そうだ。もう十一時じゃない。紫藤くんだって、明日もあるし寝ないの?」


「十一時? 結構、優良高校生なんだな。神鏡さんって」


「紫藤くんだって、普段は、生徒会長ですって顔に書いてあるよ」


 私は、つんとした態度は好きではないのに、どうしたのかな。

 つんつんしちゃった。


「聖花。お父さんが紫藤くんに頼んだのだよ。ここにいて欲しいと」


「あ、あのね。学校で私は殆ど周りと話さない静かな方よ。勿論、紫藤くんとは、全く縁がなかったし」


 私の取り繕い方は滑稽だと思う。

 だって、論点がずれているし。

 お父さんと結婚したいですかと訊かれたら、うんって言いたい。

 紫藤くんを選ばないと思う。

 だって、若い子だし。

 あ、私も同じ高校生か。


「もう、告白しましょうか。神鏡さん」


「ええ! 何を? 古書の罪?」


 かなり強引なごまかしに、私の心の臓は、どどどどどと唸りだした。


「いやいやいやいや! いやったらいや!」


「どうした? 聖花」


 私も滅多に泣かない方だが、少しばかりの涙を散らしてしまった。

 私の半纏にぽとりと落ちる。


「何も、よりによってお父さんのいる前でだなんて――」

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