Ⅲ 龍が巻く第二転生

008 変態じゃない――プピ

 あ、紫藤くんだ。

 温泉に行かずに、役場の借りたふきとうの間へ一人戻るのかな。

 この緋色の道を行くと私と会ってしまうんだけれども。


「聖花ちゃん、ぼんやりと手を振ったりして。あの大切な物は持っているかな」


 ん?

 何か呟いた後で、おかしな話だ。


「やあ、来てくれてありがとう」


「そうじゃなくて、何で誰も知らない私の電話番号が分かったのかなって」


 誰も知らないだと?

 聖花ちゃんは、確かにおとなしめだ。

 寂しい交友関係かも知れないな。

 俺でよければ、相談して欲しい。

 でも、お宝は別。


「教えないよーだ」


「くっ。手強いわね。紫藤くんたら」


 ムキになっているのが、超可愛いんですけれども。

 まあ、泣かせちゃ悪いんで、種明かしをしようか。


「分かったよ。旅館かがみ屋に電話したら、おばちゃんが教えてくれたよ」


 そうだ。國坂と名乗っていたな。

 父が町長、僕が生徒会長と言ったら、信用してくれたよ。


 スマートフォンにコールした相手は、紫藤壱流くんだったのか。

 危ないオジサンよりはましだけれども。

 正体が分かったところで、彼を知ったのは今日よ。

 紫藤くん、私に何か話があったのかな?

 

「それって変態だわ!」


「どうしたよ、神鏡さん」


 私よ。

 落ち着け、落ち着け。

 外を見ようね。

 もったりとした曲線だけの雪景色が、廊下の窓から薄明りをもたらしている。

 こんな限界集落にある宿でも、お父さんは手抜きをしないのよ。

 ライトが綺麗であたたかいな。

 うん、うん。

 いい加減に、タコ茹でされた顔が、元に戻らなくなっているんじゃない?


「あーん。話を聞きますから、お願いします」


「分かった。ゆっくりでいい、耳を貸してくれ」


 耳はタコ茹で中です。

 食べられない茹ダコを貸せませんよ。

 紫藤くん、ちょっと真面目な顔になって、内緒の話とはなんだろう?


「……神鏡さん、白い表紙の本を持っていないか?」


 ――私の頭に、素数でも数えてなさいと、女神の衝撃が走った。

 心臓がばくばくとして、倒れそうになる。

 白い本のことを紫藤くんは知っている!

 さっき、受け取ったばかりのよ。

 このお着替えバッグに入っている、ショ、ショーツじゃなくって、古書。

 白い古書を!


「な……」


「何故、知っているかって? 顔に書いてあるぜ」


 私は、くらくらした。

 天井が回る感じがする。

 ああ、どこかにつかまりたい。


「おい、神鏡さん!」


 ん……。

 これはまた、金平糖のような甘い香りがするわね。

 お砂糖なのかしら?


「神鏡さん、俺だ。分かるか? 紫藤だ」


 精霊となった金平糖さんが、何か呟いているみたいだわ。


 ピピー。

 ミーミー。

 プピ?

 

 私には分からない言葉だわ、金平糖さん。


「神鏡聖花さん。大丈夫か? 金平糖さんって何だよ」


「食べたらダメ。金平糖さんは、心の優しい子達よ」


 むにゃむにゃ言っているのって、私なのかな?

 そうだ、何で甘い香りがするか分かったわ。

 うちの温泉の上がり湯は、お父さんが特別に香りをつけているのよ。

 私の香り?

 いいえ、ブルーローズにくるまれている筈だから違う。

 今は、誰かに抱かれているってこと?

 ああ、気が遠くなる――。

 何も……。

 見えな……。


 ◇◇◇


『ああ――。終わった。私の短い人生も終わったよ。何でか現世に未練があるようで、魂が浮遊しているのかな? 紫藤くんと霊魂シンクロができるなんて!』


「確かお住まいの方に救護室があった筈だ。中一のときに湯あたりしてお世話になったから」


 人を呼ぶ間もないし、背負って行くか。

 おんぶでも構うまい。


「せーの! ……軽いじゃん」


 俺は、こんなときに何もできないな。

 早く聖花ちゃんのお父さんに伝えないと。

 あ、着物姿に会った。

 こちらで働いている方だろう。


「ああ、おばさん!」


「國坂ですが。その後ろはお嬢様ですか?」


 むっ。

 睨まれた。


「はい。神鏡さんです」


 しかし、今は聖花ちゃんを救わなくては。


「救護室を借ります。誰か、呼んできてください。ああ、俺は町長の息子、紫藤壱流です」


「急ぎ、旦那様をお呼びいたします!」


 おばさんに頼もう。

 さて、ここ。

 引き戸を開ければ入りやすい。

 緑色のベッドに聖花ちゃんを横たえる。

 そのときだった。

 急いで戸が開く音がする。

 誰だろう?


「聖花!」


 聖花ちゃんのお父さんだ。

 どうしよう、俺は叱られるな。

 だからって、ここを去る訳にはいかない。


「死ぬな! 聖花。お父さんだ」


 ええ!

 聖花ちゃんが死ぬ?

 古書の話でか!

 お、俺のせいだ。

 俺のせいで、聖花ちゃんが死んでしまうのか……!

 

 憧れの彼女を我が手で殺してしまうなんて、あり得ないだろう。


「俺に、俺にできることはないんですか?」


 自分のバカさ加減に拳を強く握った。


「聖花の友人かね? 今は、目覚めてくれるように声を掛けるしかない」


「紫藤壱流です。では、神鏡さんは」


 聖花ちゃんのお父さんは、力強く俺の肩を叩いた。


「今はそれどころではない。聖花の危機だ」


 そして、思い出したかのように、俺に付け加えた。


「紫藤壱流くんか。大きくなったな……。正志まさしくんも喜んでいよう」


 うーん。

 紫藤正志だと俺の父さんだけれども?

 まあ、ぼちぼち喜んでいるかも知れない。


 聖花ちゃんのお父さんは、さっと振り返った。


「お父さんだ。聖花! 起きなさい」


 それから、愛娘の名を息が切れても呼び掛けていた。


「あの本のことがショックだったのだろうか。鏡の湯にも入ったから、大丈夫かと思ったが。ああ、自分が呪わしい」


 聖花ちゃんのお父さんが、古書のことを知っている?

 何故だろう。


 実は、俺も古書について知ったのは、今日、夷中町役場を出発する直前のことなんだ。

 父さんから、大事にしてくれと手渡された。

 南野みなみのデパートの黄色いライン入りビニール袋だ。

 秋河駅からの手土産品にカモフラージュされている。

 頭がいいからな、父さん。

 バスの中で袋から取り出すと、黒い表紙が印象的な古書だった。

 どうしても気になって捲ると、中には、『逢魔が時の刻印書』が読み取れた。


 そうか、聖花ちゃんも俺と同じなんだな。

 女の子だから、怖い思いをして倒れたのか。

 それに加えて、俺が、彼女を大好きだからって、コールをしたり古書の話をするとは。

 反省はこの位にして、現状、聖花ちゃんの目を覚まさないと。


「俺もぼんやりしていられない。何か手伝います」


「では、呼び掛けてくれ。この真冬に救急車は望めない。病院は、山を越えて、郡内組合ぐんないくみあい総合病院そうごうびょういんまでとなる。遠過ぎだ」


========☆

明日は元日の為、お昼に更新いたします。

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