007 シンクロは覗きですよ――そんにゃ

『紫藤くんって面白い。シンクロしているの分からないのかな』


 私は、お父さんの旅館かがみ屋で、お客様が宴会場で賑わっているのが嬉しい。

 舞台で静かにヴァイオリンを披露した。

 今、弾いているのは、G線上のアリアだけれども、誰も知らなくても大丈夫だ。

 楽しめればそれでいいと思うから。


「神鏡聖花ちゃん!」


「よ、聖花ちゃん! 綺麗だよ」


 にこって笑ってみました。

 物足りませんよね。

 もう一曲、お聴き願います。

 情熱的な、チゴイネルワイゼンがいいかな。


「ラストです。おまけで聴いてください」


 ウインクしたいけれど、紫藤くんがいるからな。

 それは、無理、無理。

 雪国秋河では、二月はまだあたたかい温泉が恋しい季節だろう。

 常連さんもみえるから、尚のことそう思う。

 お客様には、演歌が望まれているだろうけれども、私はクラシックを贈りたい。

 パラパラと私の演奏に拍手をいただく。

 お客様なのに。

 私は、驕っていたのが恥ずかしくなった。

 お客様はやはり大人です。


「今度は、演歌を練習して来ます」


 バイオリンと弓を胸の前で持った。

 これは、己と対峙しなければならない。

 きゅっと唇を噛む。


「いやあ、聖花ちゃん。悪いなー。『秋河あきかわはる』を頼むで」


「なーに、とぼけて。いやいや、なんも。『きた慕情ぼじょう』じゃないの?」


 小さなステージを降り、私は深く礼をする。

 その際、前髪を作っていないので、おでこがちょっと恥ずかしい。

 さっと顔を手で整えた。

 紫藤くん、おでこは内緒なんだからね。


 そして、お客様に思いを伝えたくなった。


「お客様にお気を遣わせてしまい、申し訳ございません」


 ◇◇◇


 烏の濡れ羽色で埋め尽くされた私の部屋に戻った。


「はー。顎がいたいかも」


 かがみ屋の雪化粧を見下ろす。

 お部屋が黒で、雪は白なんて滑稽さがいい。

 この国は白だけれども、雪が沈んだ冬ツ湖畔とうつこはんさわも好きだ。

 そこの黒く水に触れる岩の色も苔もシックで好きだな。


「また、雪が横殴りか。真っ白な季節も終わらないかな。白か黒なら、しんから黒が好き。この部屋が烏屋敷で、お気に入りだし」


 さっきまでがんばってくれたヴァイオリンをお手入れしよう。

 スクリューで弓毛をゆるめて休ませます。

 よしよしと思う。


「幼少の頃からヴァイオリンを習っていたのに、音楽の大学へは進学を諦めてしまった。ごめんなさいって気持ちで一杯で、かがみ屋でミニコンサートを始めたんだっけ――。お父さんは許してくれたけれども、お母さんはどうかな?」


 小さな黒いソファーに、こてんとまるくなってみる。

 猫、にゃーん。

 猫ちゃん大好きだから、真似てみた。

 可愛いからって飼えないからね。

 段々とむずむずして来た。

 ここは、居心地がいい筈なのに。


「あーあん。もう、つまらない」


 ポポポピポピ――!


 びくっ。

 まただ。

 私のスマートフォンが鳴るだなんて。

 お父さん以外にあり得ないよ。


  ソファーをポスンとして、スマートフォンを取り出す。

 秋藤しゅうとう高校で、特に仲のいい人がいないのは分かっている。

 こんな困ったときに通信アプリの一つも持っていたら、あれこれとお喋りできたのかも知れない。

 せめてメール交換でもできたら、明るい高校生活になれたかな?

 アドレスを交換した人って、相当貴重な存在だと思う。

 お父さんは、特別よ。

 んんー、誰かいないかな。


「さっきの古書のことで相談したいな……。お母さん」


 黒檀の小箱より、母の遺影を得る。


「ごめんなさい。ワガママでした。絵惟えいお母さん……」


 暫く拝んで、決意した。

 よし、鏡の湯に入ろう。


 そろそろと、机に手を伸ばす。

 ぱっとナンバーを見てみると、登録していない電話番号からだった。

 さっきは、ワン切りだったのに、コールが続く。

 この手のは相手にしない方がいいと鳴り止むのを待つ。

 しかし、いつまでも呼んでいる。

 ああ、もう煩い。

 スマートフォンをベッドに伏せて置いて、ごろごろは止めよう。

 疑問を確かめにお父さんを探そう。

 ちょこっと下へ降りると、厨房から賑わいが聞こえてきた。

 そっと覗くと、忙しそうにしている背中を恋しく思っちゃう。


「ん? 聖花じゃないか。何か用か?」


 お父さんは、しじら織りの和服にたすきがけをして、そば作りに精を出していた。

 カッコいいなあ。

 でも、私のために手を止めてくれた。


「お仕事のお邪魔をしてごめんなさい。あの白い古書は何かなと思って」


「そうか。この夷中町に古くから伝わる本の一つだ。聖花は、これから必要となってくるだろう。夜遅くなってもいいのなら、他にも渡したいものがある。順番が逆だったかな?」


 お父さん……。

 誕生日だからって贈り物をくれなくてもいいのに。

 私はお父さんに弱いの。

 お母さんが早くに亡くなってしまったこともあってか、ファザコンといっても過言ではないよね。

 迷惑を掛けてしまったかな。

 この白い古書についても焦ることはない。


「ごめんなさい。ヴァイオリンの演奏が終わったら、また伺います」


 ぴょこんと頭を下げて、照れ照れマックス状態になる。

 だって、お父さんはいつも通り優しいから。


 ◇◇◇


 ――そして、宴会場にてヴァイオリンに拍手をいただいたのだ。

 雪景色を廊下から見つめる。

 次第に夢の中へと誘われる。

 ホワイトアウトしそうな雪の中、私は黒ウサギさんの姿で跳ねるみたい。

 白地に黒一点なのに、目立たないようだ。

 魔のモノも私など見つけるなどあり得ない。

 普通の女子高生でしょう。

 ヴァイオリンの道を断念し、告白すらしていない恋を抱えている。

 悩み多き乙女じゃない。


 彼の名を聞かれるかも知れないから、言えないけれども。

 そんなの当然、言えないけれども。

 内緒にするなんて信じませんよ。

 だから、言える訳がないですけれども。

 あは、バレている気がする。


 ごく普通の私なのだから、荒野の砂時計なんて知る訳もない。

 逢魔が時の悪夢がざらりと迫っているとは、分からなかった――。


 時計の針がない砂時計。

 時間のみ飛び越えて計れる砂の時計。

 何か、私の目に勾玉が浮かぶ。

 白く追う方、黒く追う方。

 どちらも追うという、陰陽の形。


「あら! くらくらする」


 お父さんに話したいことがまだあるのに。


「貧血はあり得ないんだけれどもな。まさか、地震?」


 とても孤独な気持ちになった。

 ここで倒れたら大変じゃない。


「お父さん……!」


 ◇◇◇

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