006 紫藤とシンクロ――エルライミサ

 何だか、ワン切りのコールだった。

 驚いたまま、私は宴会場へと足を運ぶ。

 あ、プピって聞こえる。

 金平糖さんがやって来た。


 昨日の夢を思い出している。


『紫藤くんの気持ちとシンクロしているのかな? 私ったら何かおかしい。昨日の夢を思い出している』


 ◇◇◇


 それは、私とエルライミサとの邂逅なのかも知れない。


 私は、高い階段を一段一段踏みしめる。

 暗い。

 ここは何処だろう。

 ただ、登らなくてはならない。

 何段上がっても辿り着かない。

 ふと、血の様な色で眩しくなった。

 さっと顔を腕で庇うが、あまりの赤い光に体中が照らされる。

 気になるものだから、目を細めて仰いでみた。

 上からは光が、スリット状に割り込んでゆく。

 ゆっくりと鈍い音と共に、最上段が大きな窓の形になった。

 ぬっと腕らしきモノが窓を突き破る!


 ひっ!

 何かがふっと降りて来る。

 逆さの人物か?

 スローモーションにコウモリのような翼を広げる。

 私の熱ががつりと上がった。

 あれは、異形のモノか。

 私は、悲鳴で逃げ出したくなった。

 しかし、足は砂で縛られ、階下へと降りることは許されない。

 脈打つ胸の奥から叫ばれた。


「私は、荒涼たる地を彷徨える女……。エルライミサ・オルビニアン。異国に暮らす神鏡聖花カガミ セイカが来るのを待っている」


 エルライミサ――?

 異国に暮らすのだとは分かる。

 それにしても、半分男の子のような力強い感じがする。

 でも、妖艶さも備えた女性のような。

 うううん、男女の問題ではなくて、どうして私に声を掛けたのか?


「セイカ。必ず白い古書を持って来るのだ」


 何それ?

 持っていないものは、無理だと思うけれども。

 私の白い古書が目当てなの?


 そのときは、まだ誕生日が来ておらず、何の話か分からなかった。


 ◇◇◇


『まあ! ありありと、紫藤くんの気持ちが分かるわ。ちょちょちょ、恥ずかしいのですけれども』


 俺は、スマートフォンを弄っていた。


 とっときの入学式の写真があるんだ。

 神鏡聖花ちゃんが、初々しくもグレーのツートンブレザーに身を包んだ……後ろ姿だ。

 後ろ姿でもその綺麗なロングヘアーは伝わるから、いい。

 俺は、独り言なら大丈夫だろうな。

 聖花ちゃんが好きだ!


 はっとすると、先程までの自室が消えている。

 見れども見れども、砂が吹き荒れているだけだ。

 腹減ったな。

 砂嵐の国へ来て、随分と経つ気がする。

 だが、この異界で、俺達はどのように帰還したらいいのだろうか。


 砂の中に人影が認識できた。

 まさか、聖花ちゃんか?

 分かりやすくも、翼を広げてくれたよ。

 聖花ちゃんではないな。


「そこに眠っているのは、紫藤壱流シドウ イチルか。お前も黒い古書を持ってこい」


 そんなものは、知らない。

 いくら、俺がお勉強好きでも、興味のない本を遠くまで買いにいかない。


「紫藤。お前の直ぐ近くにある筈だ。よく探せよ」


 一際高い声が響く。


「クククク……。クク!」


 ◇◇◇


『夜中なのに起きてしまった。私、変な夢で頭がいたい。何故か生徒会長の紫藤くんも登場するし』


『はっとすると、スマートフォンを再び握っていた。俺、こういう現象は信じない方なんだけれどもな。聖花ちゃんが一緒なのは嬉しかったが』

 

 この日、同時刻、紫藤くんと私の夢はシンクロしていた。

 かの姿は、恐ろしき異形のモノだろうか。

 血を滴るように背負い、悪魔の双翼を背負う……。


『もしや、ヴァンパイア!』


 ◇◇◇


『はあ、疲れる夢だったな。未だ、シンクロしているけれども、紫藤くん、気が付こうよ。私が紫藤くんの中の人になっているよ?』


 ――昨日の夢は何だったのだろかと思いつつ、今夜はいい所に来ている。

 だって、宴会場の舞台から、聖花ちゃんと目が合ったのだから。


「生徒会長の紫藤壱流くんじゃない」


 可愛い黒髪の乙女が俺の心をくすぐった。

 俺にだってある赤いハートが、きゅっとする。

 この可愛い娘は――。


「管弦学部のまったり部員、神鏡聖花ちゃんだろ。たまったま知っている」


 偶然を装いつつ、照れ隠しだ。

 俺が指をチョキにして差し出したら、速攻で彼女の手で払われた。

 なんてこったい。


「やだ! 紫藤くん、なんでこんな山奥に来ちゃっているの?」

   

 ここは、秋河県夷中町だ。

 限界集落と嘲笑も買うが、秘湯、かがみ目当ての来訪者が少なくない。

 その旅館かがみ屋の一人娘が、俺の好きな娘だ。


 ああ、その聖花ちゃんが、俺の目の前にいる。

 田舎の匂いが一つもない。

 ご趣味は、ヴァイオリンに絵画だと生徒会副会長のみさきさんから情報を仕入れた。

 役場の団体客が、手打ちそばと会席料理よりもお酌だなんだと煩い。

 そんな中、彼女が静かにヴァイオリンで彩りを添えた。

 そのクラシックがG線上のアリアだなど分からない客が多くても高潔さは変わらないんだ。

 俺にだけはきゅきゅっとハートに届く。

 聖花ちゃんの静かに波打つ調べがね。


「けっぱれ! 神鏡聖花ちゃん!」


「よ、聖花ちゃん! 綺麗だよ」


 飲みのお客は、聖花ちゃんの本当の花が分らないんだな。

 もうちょっとお上品な応援が、俺のお好みだ。

 まあ、得てして普段の仕事から解放されたいものだろう。

 町長をしている大人しい俺の父さんも目を細めている。


 舞台を降りると、聖花ちゃんが可愛らしくご挨拶をした。

 腰まである黒髪がさらさらと肩から揺れ落ちる。

 ワンレングズなので、おでこが可愛いぞ。

 背丈は俺より十センチ低い位だから、結構あるんだよな。

 桜の散る頃見掛けた彼女のシルエットにも惚れたっけ。

 ほっそりとした手足から、バレリーナかフィギュアスケーターかと思ったよ。


 もしも、彼女とお付き合いできるのだったなら、何だってしたい気分だ。

 例え火事でも地震でもキミを守りたいよ。


「神鏡さん……。素敵だよ」


 小声で応援するのが精いっぱいだ。

 静かに聴いていよう。

 演目は、チゴイネルワイゼンへと移った。

 ぐんと盛り上がり、全弓を用いた大胆さと緻密さが合わさっていて素晴らしい。

 ピアノでもあればな、俺が伴奏するのに。

 彼女のお相手は、カセットテープだ。

 十月の学芸会では、見事な独演だったと伝えられたらな。

 俺だけが、目が合っている気がする。

 この呟きが聞こえたのなら、顔から火が出そうだ。


「綺麗だよ……」


 ◇◇◇

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