004 テレビ転生――昭和から平成へ

 前方に虹色の小さな輪が現れた。

 美しい雲のまにまに漂う虹が煌めく。

 もしかして、出口かも知れない。

 しかし、手を伸ばして追えどもどうにもならない。


「これか。えい!」


 真っ赤なハンカチを虹へと投げると、点々とアーチを描き、届いた手応えを感じた。

 すると、自分はぐらぐらと揺さぶられた。

 次から次へと、不思議なことが続くな!


「……どこだ? ここは。あの輪が、出口だったのか?」


 ――部屋は、かがみ屋のようだな。

 聖花が十六歳になった日から換算すれば、昔の居間だ。

 自分の母が、縁起がいいと置いた大きな招き猫がある。

 よく覚えている。


 絵惟さんが、ちらつくテレビの前でネコのように唸っている。


「おい、絵惟さん。絵惟さん」


 テレビは、ちらつきを終えた。

 再び、真っ赤な東京タワーの俯瞰図が現れる。

 東京とやらにどっしりと根をはっている。


 そして、新しいプリンセスの笑顔が映った。

 お手振りをなさっている。

 新聞を見つけ、真っ先に日付を探す。


「このご成婚パレードは、今から二十六年前、一九九三年のものだ……! 絵惟さんと自分は、未来へ時間を旅してしまったんだ!」


 そんなことが世の中にあるものかと、俄かに分かる筈もない。

 心の臓が危険な程に苦しくなる。

 自身の体を手で叩いてよく確かめてみた。

 今、プロポーズした彼女を穴が空く程見る。


「自分は、二十四歳のまま、若々しい体だ。絵惟さんもだ」


 彼女は、特にテレビの世界で何かの異変を起こしたのだろう。


 ――それから、自分達はかがみ屋を継ぎ、切り盛りしていく。

 温泉も料理もおもてなしの心配りに評判がよかった。

 夫婦円満だったのが、あたたかい想い出だ。


 絵惟さんが身籠ったのは、忘れもしない二〇〇二年だ。

 子宝の湯だと、自分は笑って毎日を過ごしたものだな。

 お腹の赤ちゃんは順調に育ってくれて、夫婦二人の時間を大切にしたものだ。


 そして、二〇〇三年、無事に出産した。

 その子に聖花せいかと命名したのは自分だ。

 絵惟は、よく好きな花の絵を描いていたし、妻が花のようだったから。

 幸せ一杯だったな。


 これは――!

 自分は、息を飲んだ。

 聖花をベビーベッドに寝かせていたときだった。


「ほぎゃ! ほぎゃ! ぎゃ!」


 聖花が三時間置きのミルクとおむつ替えを頼んでいる。

 待て待てよ。

 絵惟ママ、まだ起きないの?

 自分がやるのは構わないけれども、完全母乳でやりたいと言っていたのは、ママだったろうよ。

 念の為のミルクがあるから、いいけれども。

 全くお乳を上げていないので、初乳も何もない。

 妊娠中とどう違うのだろうか?

 ベビーベッドの近くに自分がいるのだし、パパが上げてもいいよね。

 あったかーいお湯から、ミルクを作る。

 勿論人肌に冷ましてからだ。


「んく、んく。ん、んくんく……」


 ここでいつも聞こえるのは、パパお代わりなんだよな。


「そんな難しい話できないだろう? 聖花ちゃん」


 絵惟の子だからって、普通の子だよ。

 自分は、絵惟と違うんだ。

 ただ、あのかがみ屋を継ぐことになっていた自分の末弟、雪也ゆきやを亡くして沈黙していた家に降りたのだよ。

 直ぐに、隼人くんの生まれ変わりとなった。


 東京スカイツリーの転生で、絵惟は、ネコ風になっていた。

 ショックだったのだろうな。


 神鏡響也は、戦後から、ぽつりと連絡が途絶えてしまい、行方不明になっていた。

 自分は、名前を捨てたくなかったので、見た目が割と似ている三男の に代わって、行方不明の長男、響也を名乗らせて欲しいと願った。

 お袋は、「ええで、響也」とだけいい、頭をそっと撫でてくれた。

 何でも見透かしているかのようだった。

 お袋、


 だが、母となった絵惟は、お産の後に失踪した。

 聖花には、母は亡くなったと伝えたよ、絵惟さん。

 そうすることで、貴女を傷付けずに済むから。


 今日は聖花のお誕生日で、自分も五十歳になる。

 母を偲ぶ日だ……。


 ◇◇◇


 これまでの自分達が流れる砂に映し出されたようだ。


「だから、東京スカイツリーのニュースがあって、こんなことに? 自分が、悪いんじゃないか!」


 声だけが、砂嵐に吸われていった。


 聖花、お父さんが悪かった。

 しっかと抱きしめたい。

 我が娘よ。

 元気でいてくれ!


『き、聞こえているよ! お父さん。私も無事を祈っています。それから、元気でいますよ』


 ◇◇◇


「私がこの世に生を受けるまでに、こんなにお父さんはお母さんを愛していたんだ」


 ぐっと涙を堪える。


「ありがとうございます。私は、もう泣きません。がんばります」



 ◇◇◇

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