003 ご成婚パレードの縁――父と母

 ◇◇◇


『あ、お父さんとシンクロし出した。やったじゃない! 何か随分と昔の話のようね』


 今から六十年前の一九五九年へ、自分の心は淡い想い出を辿る。

 東京で親父に仕送りをしていた頃だな。

 ご成婚パレードを赤い東京タワーがテレビ中継する話で持ち切りだった。

 偶然に驚いた。

 人混みに、幼なじみの柊絵惟ひいらぎ えいさんがいるではないか。

 彼女は、街頭テレビを見上げていた。


「ほう……。ご成婚パレードをなさるのね」


 そうか。

 絵惟さんも夢に焦がれる女性なのだな。

 その愛らしい瞳にゆったりとした環境でご覧に入れたい。


「お久し振りです。柊さん――」


 その一言で、離れていた時間がぐっと縮まった。


「神鏡さん!」


 彼女の驚きと懐かしさを隠せない微笑みが、花のように感じる。

 もう彼女のために生きたいと決めた。

 二十四歳の自分は、思い切った。

 一つ下の絵惟さんにテレビを買ったんだ。


「どこに置きますか? 一番よく見えるところがいいですね」


「神鏡さん、こんなことまでしていただいて……」


 遠慮する彼女が可愛らしい。


「自分と一緒にテレビでご成婚パレードを観ましょうよ」


 華々しいご成婚パレードを見るのは、喜びだ。

 特に我々世代にとっても、関心が高い。

 本当は、お互い東京に暮らしているのだし、二重橋でも見物したいとも考えた。

 ただ、絵惟さんは持病があり、自宅がいいだろうと思ったからだ。


「歓声が渦巻く。自分もあの場にいたら将棋倒しになりそうだな」


「神鏡さん、やはりお気遣いいただいていたのですね。あの、テレビのお代は、半分にいたしませんか?」


 自分は、告げなければならない言葉を抱えていた。


「絵惟さんは、そう仰ると思ってましたよ。でもね……」


「はい?」


 丁度、プリンセスが、馬車からお手振りをなさった。

 親の教育というものは、独り立ちしても根強い。


「これは、頭を上げてはいけない。テレビ画面の下に隠れないと」


 自分が隠れたせいで、小さなテレビのいい場面をふさぐ形になった。

 絵惟さんのお楽しみを奪ってしまった。


「悪かった……。自分の秋河にいる親父も厳しくてな」


 そのまま、手をつき、頭を畳に擦りつけた。


「お互い、辛い時代に育ちましたね。柊家には、両親がいなくなりました」


 やはり、柊家のお嬢様が東京で働くなんて不思議に思っていた。

 そうなのか。

 ご両親を奪われたとは。

 この小さな肩にどれだけの重みを抱えているのか。


「神鏡さん。謝らないでください」


「そんな……。素敵な貴女を幸せにしたいです!」


「はい。ありがとうございます」


 は!

 通じていないかも知れない。

 いや、白やぎさん、待て、待て、待てよ。

 プロポーズを断られたのでは?


「あああああ、あは」


「汗掻いていらっしゃいますよ。小さいですけれども、ハンカチを使ってください」


 手ぬぐいを小さく切って細やかに縫ってある。


「純白のハンカチが汚れてしまいますよ。絵惟さん、お優しいですね」


「大丈夫ですよ」


 これって、オッケーってことなのか?


「あ、あの。大切な話なのです。神鏡絵惟さんになっていただけませんか? 神鏡絵惟さんに」


 絵惟さんの頬が、みるみるうちにリンゴになった。

 絵惟さんがご自身の腿をのの字でくすぐる。


「え? えっと、あっと。その……」


 脈があるのか、ないのか――?

 自分の今まで生きてきた中で、一秒を長く感じるのは初めてだ!


 そのとき、テレビは歓声をまた一つ上げる。

 帆馬車の音もかき消された。

 ますます賑わい、ご成婚パレードが終わる。

 自分は、絵惟さんの返事を待てずに、自分の鼓動を聴くしかなかった。

 どくどくと、自分の血の濃さに驚く。


「おい! 何が起こったんだ?」


 血の光がテレビから発する。

 咄嗟に、目を腕で覆った。

 それでも、眩しさが割り込む。


「う、うぐおお……。眩しい。絵惟さんは、どこだ?」


 探照灯のように強烈で、何も見えなくなった。

 四畳半を余裕で占める。

 カッカッと点滅したので、自分は薄目を開けられた。

 信じられないことに、テレビが電波塔の東京タワーをチラチラと放送している。

 そして、画面が切り替わり、歌が流れる。


 ◇◇◇


「ゆきんこ、ゆきんこ。まんまるさん……」


 初めて耳にする歌ではない。

 聞き覚えがあると思っていたら、お袋から聞いたわらべ歌だった。

 一緒に歌うは、自分の幼い頃、隣に暮らしていた絵惟さんだったな。

 お手玉をしたり、雪を丸めたりして。


「どうした。何某かがテレビにいる」


 行ってはいけないよと、村の人々の口に上る神社にいた。

 向こうの鳥居に人影を確認できる。

 誰だ――?

 ここは、絵惟さんと自分の二人だけの筈だ。

 参道に座り込み話をしている。


 そういえば、お手玉遊びのときだったな。

 殆どの会話は分からないが、絵惟さんが不思議な話をしたのを覚えている。


「ねえ、神鏡ちゃん。点だけの世界、二本の線だけの世界、三本の線だけの世界があるんだって」


「ふうん。絵惟ちゃんは、物知りだね」


 彼女が、地面に点や線を描いた。


「線が四本の世界って、知りたいの。一緒に行こうよ。きっと神社の向こうだよ」


「ははは。絵惟ちゃんは、遊びに行きたいんだね。いいですよ」


 ◇◇◇


 そんな自分の想い出が、テレビの中に映像としてあった。

 自分の手がひやりとする。

 そっと、掌を開いて気が付いた。

 絵惟さんの白いハンカチが、血に染まっている!


「何故?」


 テレビの神社を彼女も見ている。

 蒸気の漏れるような声がした。

 目を眉までつり上げ、口の端を引きつらせている形相の絵惟さんが自分の瞳に焼き付いた。

 自分の手にあるハンカチは、既に純白ではなくなっている。


「一体、何があったんだ?」


「ガアア! グバーン」


 絵惟さんは、ぶるぶると震えて、テレビにしがみついた。

 血の真紅が濃くなり、次第に暗闇へと誘い込まれた。

 自分は、目が回り、吐き気もした。

 上下も左右も分からない空間に飛び込んだ感覚がある。

 あがく。

 あがくけれども、歩くこともできない。


 空間の中、自分の横を巨大な龍がかすめた。

 ありありと目にした空想上の生き物に戦々恐々とする。


「白い龍と黒い龍がいるのか? 自分は食べられてしまうのだろうか!」


 その龍は、どこから始まりどこへ行くのか分からない。

 とてつもなく長い。

 だが、二体の龍が絡み合い、その身を二つの勾玉に変えた。

 金色の雲が現れ、龍の勾玉を吸い込んでいく。

 自分は、肩をぶるぶると震わせ、深いため息をつく。


「ひとまず、この身が助かった。だが、このまま浮遊している訳にはいかない」

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