第8章 薄闇


 時の無い薄闇の中で、静かに立つ影がある。


「あの男は約束を覚えていて下さるでしょうか」

一つの影がもう一つの影に問うた。


「覚えておろうがいまいが、関係ない」

掠れた声が応えた。

「約束は、約束じゃ。その時がくれば、必ず果たして貰う」


「左様でございますね」


「案ずるな。果たさねば、あの双子が許すまい」

笑いを含んだ声が薄闇に響いた。



 その時、影はハッと何かの気配に気付き顔を上げた。


上空に一瞬、七色の光が輝き、ポワンと硝子ガラスのかけらのようなものが生まれた。

すると、その歳も性別もわからぬ、のっぺりとした白い顔が浮かび、それに微笑みが浮かんだ。


 玻璃はりのかけらが、シャボン玉のように美しく七色に光りながら、ふわり、ふわりと羽根のように漂い落ちてくる。


「ああ、何と美しい」


 感嘆の声を上げて、それは白く長い手を差し伸べ、虚空こくうをゆらゆらと光りながら落ちていく、玻璃はりのかけらをすくい上げた。


細く、紙のように白い手の動きに沿って、七色の光の粒が軌跡きせきを描き、ひととき輝いた後、静かに薄闇の中に消えて行く。



「危ういところで、取落すところでございました」


手の平に玻璃のかけらを乗せて、存在を確かめる様に、二、三度、ゆっくりと揺さぶると、玻璃のかけらは笑う様に七色の光を放った。


「ああ、良うございました」



職人が魂を込めて作った品の中には、人の思いを受け止めて付喪神に変ずるものがある。

そしてその付喪神が器を越えた純粋な思いを受け止めれば、それはこごり、玻璃のかけらになる。


付喪神に変ずるのもごく稀ならば、玻璃のかけらを創り出す程の、器を越える純粋な思いを受け止めるのも更にまれだ…


その玻璃も地に散ってしまえば、他の想いに紛れ、純粋さを失ってしまう。


「せっかくの付喪神の玻璃……大切にせねば……」


淡い桜色の着物のふところから、小さな箱を取り出した。

貝の殻の内側の虹色に輝く真珠層を薄く切り取って貼った螺鈿らでんが箱を飾っている。

その箱の中にそっと玻璃のかけらを滑り込ませた。


箱の中から虹色の光が、パアーと溢れて、それの顔を照らした。



 細面の人形のような﨟たけた顔が、白々と浮かぶ。

吊り目がちの潤んだ細い瞳と薄紅の唇に笑みが宿って、匂い立つように美しい。


男とも女とも言えぬ透明なその美しさは、この世のものとも思えない。


しかし、箱の蓋を閉めた途端、その顔は元ののっぺりとしたなんの特徴もない顔に戻った。



それを待っていたように、少し離れた所にたっていた影がそれに声をかけた。


「どうじゃ、使えそうか」


その声の方に、それは薄紅の唇で微笑みの形を作った。


「はい。見事な玻璃にございます。

これならば、お聞かせ頂いた話通り、役に立ってくれるでしょう」




「左様か……

それは良かった。

そういえば、るいが、不可思議なものを見つけたと言うておる。急ごう」




「はい」

とのっぺりとした男は頷くと、薄闇に吸い込まれるように姿が掻き消えた。







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