第二話/迷宮、依頼する


 自分にとって最も大事な『核』を守るべく迷宮をこしらえたのだ、と語る少女の声に、頬子は、待って待ってと横やりを入れた。核って、まあ置いといても、こしらえたって何よ。話し始めからこれではさすがに理解が追いつかない。とりあえず最も気にかかった動詞について聞いてみる。


「こしらえたって……こしらえたのよ。私の、歌の力で。迷宮を」


 声の主である〝迷宮〟は、きょとんとした様子で答えた。いや、答えになっていない。余計に疑問がこみ上げる結果になって、頬子は口をつぐむことにした。


「でもね、『核』って、世界のみんなにとっても、すっごくキラキラして見えるものらしくって」


 魅力的な宝物である『核』を目指し、いつしか略奪者が迷宮に潜り込んでくるようになった――。そう語ると、〝迷宮〟は明るい声色をわずかに硬くした。


『核』のある最下層を目指し、知恵と力を駆使して挑戦し続ける略奪者を撃退し、大事な『核』を守らなければならない。そのため、迷宮の内部を制御し、さまざまな罠や恐怖の仕掛け、数々の魔物を呼び出しては、二度とやって来ないように略奪者を脅かしてきたのだという。


 わずかに冷たさを帯びて発せられた「脅かしてきた」という表現が、頬子にさらに引っかかるが、〝迷宮〟はすぐに明るく「……でね?」と説明をつなぐ。


「でね? わたしは、音楽が大好きだから、ぜんぶ歌とか、振動とかで扱えるようにしているの」


〝迷宮〟は楽しげに言った。放り込まれた異世界のぶっ飛んだ〝設定〟を、頬子は首を傾げながら、とりあえず聞く。


「迷宮の装置や魔物は、すべて、音楽で制御できるようにしてあるのよ」

「はあ……」

「わたし、音楽が大好きだから」


 頬子は眉間にしわを寄せ、宙を仰いだ。はあ。何だそれ。


「最初のころはね、わたしが歌うだけで良かったんだけど。いろいろ思いつきで罠とか魔物とかを増やしてたら、けっこう複雑なつくりになってしまって。いろんな音楽家の人に来てもらって、演奏してもらうことで、ずっと守ってきたの。いろんな人を、いろんな場所や時間から、呼び寄せて、この迷宮を制御してもらって」


 頬子は眉間のしわを指先でごりごりと撫でる。つまり――。 


 頬子は、ソファ型のスライムにどかっと座った。スライムが、驚いたようにぶるん、と震える。頬子は眉間をこすった指を振って、ひとつひとつ確認する。


「ここを『こしらえた』つってたのも、あんたの歌の力で。で、わたしを呼び出したっていうか、召喚したのも、あんたの仕業で。そんで、わたしにDTMで、ダンジョンを操作しろって――」


「まあ!」


 頬子がまとめようとしていると、〝迷宮〟が口を挟んだ。いらっとして、頬子は舌打ちをする。


「何よ」


「これ、でぃてぃえむ、っていうのね。……その、ホーコの名前とかは、わかったんだけど、どんな楽器を扱っているのか、この楽器がどういうものなのかは、わからなくって」


 頬子の苛立ちを気に留める様子もなく、迷宮の甘い声が心底うれしそうに、さらに華やいだ。


「これまでにもね、『えれきぎたあ』とか『てるみん』とか『もぉぐ』とか、この世界では見たことない楽器を演奏する人に、来てもらったことがあるのだけれど」


 自らの持つ歌の力で、時空の扉を開き、無数の音楽家を呼び寄せては、迷宮とともに音楽を奏でてきたのだと、迷宮は語った。


 あふれんばかりの喜びに満ちたうっとりとした迷宮の声に、頬子は半ば気圧され、半ばあきれて、口をつぐんだ。


「ねえ、ホーコ。でぃてぃえむ、なんて、わたし初めてだわ。どんな楽器なの?」


〝迷宮〟が頬子に聞く。


「いや、どうって言われても、楽器……っていうのとは違うし……」


「でも、これで、音楽を奏でるのでしょう?」


「いやまあ、そうっちゃ、そうだけど……」


 しどろもどろ。ぐいぐいと身を乗り出すような〝迷宮〟の言葉に気圧される。最近はろくに人と話していなかったので、頭の切り替えがうまくいかないということもあるのだろうか。長年放置した自転車のペダルを、油も差さずに全体重をかけて踏み込んだような……というか、どうやら現実世界とは違う謎にファンタジーな世界に放り出されて、正気を保っていられているだけでも本来なら褒められてしかるべきではないか。


 あーだこーだと頬子の頭の中を、ただ幾重にも言葉が回る。


 その困惑をかき消すように、突然の爆発音。


 どぉおん、という、巨大な太鼓を精一杯のフォルテシモで打ち鳴らしたような激しい爆音と振動。天井からぱらぱらと細かな石がこぼれてくる。


 つん、と耳の奥が引っ張られるような痛みに、頬子は身をあずけていたソファ型スライムからずり落ちそうになる。


「ん、な、何……?」

「あら……さっそく、来ちゃったみたいね」


 迷宮が冷静に言う。「略奪者よ」



 きぃん、と痛い耳鳴りがおさまるのを待って、頬子はスライムから立ち上がり、岩肌に空いた窓を振り返った。


 空を切り取った円形の窓、その下のほうから、もくもくと濃い灰色の煙が上がっている。頬子は、ととと、と部屋を横切って窓に取り付いた。そっと顔を出し、濃い煙に目をぱちぱちさせながら下方をうかがう。


 煙が途切れ、山のふもとに四名の人影が見えた。剣と鎧で武装した者。杖を持ち、ローブ姿の者。背が低く、身軽そうな格好の者や、巨大な斧を携えた髭面の者など。ゲームや映画で見たような、典型的な冒険者の装いだ。


 四人で向かい合い、円陣を組んでいる。全員で手を重ね、オー! と鬨の声を上げると、煙にまぎれて見えなくなった。


「爆破呪文で入り口の罠をつぶしたのね。よく研究しているわ」


 先ほどまでの嬉しそうな声色から一転、冷静に迷宮が分析する。

「さあ、ホーコ、出番よ。やつらが来るわ」


 言われて、頬子はずるずると窓から身体を滑らせ、べたり、と床に這いつく。


「何これ、もう……」


 ここに来る直前。確かに聞こえた「助けて」という弱弱しい懇願からは途方もなくズレた展開に、頬子は心底イヤそうにうめく。


 その様子にさすがに配慮したのか、やさしく真面目に、〝迷宮〟は続けた。


「突然呼び出して、こんな状況で悪いけど……あなたの身も危険なのよ。略奪者たちは、きっと、ホーコも魔物とみなして襲い掛かってくるわ。もちろん、彼らに見つかったら、だけど」

「いやいやいや……理不尽すぎるでしょ……」


 頬子は、さらにもっともな愚痴を吐く。いきなり異世界に召喚されたと思ったら、ダンジョンを制御するために音楽を奏でなければならない? 見つかったら殺される(たぶん)?


「どんな状況よこれ……」


 飲み込めない状況から逃れるように、頬をつけて寝そべる。ああ、床の冷たさは心地よい。

 そのはっきりとした感覚が、これは夢や幻覚などではないことを物語っている。山肌を伝って、爆破の余波と思しき僅かな振動も感じる。


「お願いよ、ホーコ。……その、でぃてぃえむで、わたしを助けて」


 迷宮が懇願する。依頼する。


「わたしの『核』は、誰にも渡せない。わたしだけの、大事なものなの。失うわけにはいかないの」


 頬子の首筋が、意図せず、びくり、と動く。微弱な電流を流されたような、誰かに触れられたような感覚。同時に、両手を握り締め、祈るように膝まづく少女の映像が、脳裏に浮かんだ。


 白いドレスを身にまとった、長い髪の少女が、目を閉じて頬子に願う。


「お願い、ホーコ。わたしを、助けて」


〝迷宮〟の声は、真剣に願っている。


 誰かにお願いされるという経験自体、頬子にはあまりないことだ。


 たとえ何かを依頼されたとしても、基本的に面倒くさがりなので、ぼんやりと話の矛先を誘導しては、自分から遠ざける。わたしは適任じゃない。あの子に頼めばいいじゃない。


 音楽制作にハマり、大学で一人暮らしを始めてからは、他者との会話の機会すらほとんどない。


「お願い、ホーコ……」


 なので、こういったストレートな求められ方には、全く慣れていない。断り方を知らない。


 搾り出すような、次第にか細くなるその声に、頬子は観念した。


 頬子は両手を床につけ、腕立て伏せの体勢で、ぐっと身を起こした。


「……わかったわよ……何をすればいいの?」


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歌え!ダンジョンちゃん 項川冷 @hieru_una

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