29.アキラ、鹿を仕留める。

 矢は真っ直ぐ鹿を目掛けて、飛んでいく!! 


否、段々と勢いが落ちていき、一頭の鹿の足に突き刺さる。


「ビィイイイ!! 」


その鹿が悲鳴を上げると、次の瞬間、群れは蜘蛛の子を散らしたように、一斉に逃げる。


そして、手応えはなかったが、矢を射た鹿の少量の血が、あたりに残る。身を屈め、残された痕跡の痕跡を追っていく。


最初は、間隔がかなり開いた血の足跡も、追うごとに段々とせまくなってくる。そろそろ近づいたかと思い、一層、慎重に気付かれないように、歩みを進めていく。


そして、ヨタヨタと歩く鹿を見つける。すぐさま、それが先ほど射た鹿だとわかる。


「今度は、ぜってぇー逃がさないぞ!!」


と気合を入れ、弦を引く。


その殺気に鹿が気付き、


「ゲ・ゲ・ゲ・ゲ・ゲ、ゲ・ゲ・ゲ・ゲ・ゲ」


と威嚇する。


まずい、気付かれたか! と内心焦るが、鹿は逃げる素振りを見せない。


いや、むしろ逃げれないので、覚悟を決めたと見た方が正しい。必死に、こちらに向かって威嚇する。


しかし、その最後の足掻きも虚しくも、矢は放たれる。一直線にその脳天、目掛けて飛んでいく。


 「ブスッ。」


鈍い音が聞こえる。鹿はピクピクと筋肉が緊縮した後に、ガクッと糸が切れた人形のように、その場に倒れこむ。


精霊さんに尋ねる。


「精霊さん、弓の習練度は向上した?」


「先ほどの一矢を鹿に放ったことにより、上昇を確認しました。」


辺りを確認し、他に鹿がいないかと確認する。


どうやら、置いていかれたようで、あたりに他の鹿はいない。そして、鹿に近づいていく。


息があろうが、なかろうがやることは同じだ。鹿の身体を触る。


まだ、心臓の鼓動が伝わる、その脈打つ包みの上、大動脈に向かってナイフを突き立てる。


「ドボッ・・・」


とナイフと肉の隙間から血が滴る。そして、ナイフを抜くと、勢いよく穴から血が鼓動を現すかのように、吹き出る。


「ドボ・・ドボボボドボ・・・ドボ・・ドボボドボ・・・。」


その時、鹿に対し、初めての狩りのような罪悪感は抱かなかった。ただ、生きるために狩る。その感情と同時に、感謝の気持ちも湧きたつのであった。


自然と手が動き、鹿の亡骸に対して、手を合わすのであった。


「ありがとう。命いただきます。」


 そして、腹を裂いていく。この時、胃や膀胱を傷つけないように慎重にナイフを進めていく。


そのうち、肛門周囲を大きめに切って、内臓を取り出す。


肝臓は切りとり、持ってきた清潔な布で包む。そして、心臓も同じようにする。


そして、内臓を取り出した遺体を沢まで運び、水流の中に入れ冷却する。


その時、川の異様な冷たさを感じながらも、この時は冷やすのに都合がいいとしか思わないアキラなのであった。なのであった。

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