28.アキラ、近づく。

 腹を据えたアキラを、狩りの女神は褒め称えるかのように、藪の中から、一匹の鹿を遣わす。アキラは、その光景をじっと見つめる。




「あれくらいの体長なのに、角がない。そうすると、牝鹿・・・かな。だとしたら、群れで行動している奴かもしれない。」




そう考え、じっと他の鹿が、現れるのを待つ。すると、ゾロゾロと鹿が現れ始める。




5,6匹であろうか、若い群れのようだ。赤みがかった毛皮、前に見た鹿より、少し小さいような気がする。




「精霊さん、もしかして距離測れることできる?」




「宿主、今はまだそれはできません。」




とバッサリ否定される。




しかし、持っている知恵を総動員して、昔なにかの漫画で見た方法で、目の前の距離を図る。




(えぇ~と、俺の身長は170cmくらいで、腕の長さはその半分とちょっと削ったくらいだから、55cmくらいとしよう。)




次に両手で額縁をとるようなポーズをして、鹿を捉える。




(う~~ん、大体、あの鹿の高さは50cmくらいかな。だとすると、距離にして、25mくらいかな。)




と大体の距離を割り出す。精霊さんが、驚いた様子で声をかける。




「さすがです。我が宿主。」




ちょっと得意げになるが、今は目の前の獲物に集中だ。矢の間合いまで、近づかなければならない。匍匐前進しながら、進んでいく。




「カサッ・・・カサカサ。」




少し音を出しながらも、まだ鹿には気付かれていない。すると、鹿が大きな鳴き声を出す。




「ピイッーーーーー!!」




気付かれたか! と内心焦る。だが、鹿は警戒する様子を見せない。




アキラは一瞬、考える。この鳴き声が意味することを、そして、導き出した答えは、多分、大丈夫。素人にはこの答えが限界だ。




鹿の習性は、徐々に慣れていくことにしよう。様子を窺うに威嚇する時のような音ではないと思うし、もうちょっと近づいてみよう。




もう少し近づいていくと、その気配を察したのか、端に居た一匹の鹿の動きが止まり、こちらをじっと見つめる。




アキラは動きを止め、じっとする。風の向きは、鹿側を向いていないことを肌で感じ、じっと身を潜める。




すぐに鹿は警戒を解き、また水を飲み始める。ゆっくり、しかし着実に近づいていく。




蛇のように身体を動かしながら、鹿を射れる距離まで詰めていく。




鹿がその気配に今度は気付き、こちらを睨む。今度は確実に気配を感じ取っている様子だ。




そのうちの一頭が口を開き、そして、




「ビッイ!!!」




と甲高い濁音を混ぜたような声を出す。その音に、後ずさりしてしまいそうだ。直感で感じる! 




これは威嚇音だ。




僕は、近付けるのはここまでだと判断する。矢に手をかけ、弓を引いていく。




緊張の一瞬、この距離は自分でもやったことがない。それを自覚しながら、狙いを定め、弦を離すのであった。

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