第56話 バレンタイン

ついに、二月がやってきてしまった……! いや、いつかはやってくるとわかってたんだけれども。こうして、いざ、やってくると、どうしたらいいのか戸惑ってしまう。

「どうしたの、朱里。頭を抱えて」

「彩月ちゃーん」

彩月ちゃんに思わず抱きつく。


 「どうしよう、二月が来ちゃった」

「そりゃあ、いつかはくるでしょーよ。なんで、そんなに……ああ、バレンタインデーか」

彩月ちゃんはにやにやと笑った。もう、他人事だと思って。他人事だけどさ。


 「でも、今年は逃げずにちゃんと、告白するって決めたんでしょう?」

「……うん」

正直にいって、お兄ちゃんに好かれる私になれている自信はない。でも、このままじゃ、いつまでたっても、逃げ続けてるだけだから。だから、私は、覚悟を決めないといけない。


 「だったら、頑張らなきゃ」

「そうだよね、ありがとう」

バレンタインデーまで、あと少し。頑張るぞ。




 「おっ、どうした? 今日の朝食は気合いが入ってるな」

「うん、ちょっとね」

いつもよりも品数の多い朝食にお父さんは驚いていた。少しでも料理の腕を磨いて、お兄ちゃんの好みの女性像に近づきたい。お兄ちゃんも、驚いていたけれど、美味しいねと笑ってくれた。


 でも、もし、私が告白したら。この関係もなくなっちゃうのかな。もう、ただの義妹だった頃には戻れなくなって、お兄ちゃんとこうして笑いあうこともないのかな。


 だって、振った相手が同じ家にいるんだもん。気まずいよね。って、いやいやいや、振られる前提で考えるな。前向きになるって決めたんだ。気まずくなったとしても、まずは、義妹じゃなくて、女の子として見てもらえたなら、それだけで告白した価値はあったんじゃないかな。


 だから、そう、振られても私にとってはプラスだ。振られたからって、そこでおしまいじゃない。そこから、また、始めればいいんだから。






 「よし」

バレンタインデー前日。まずは、お父さんとお兄ちゃん、彩月ちゃんにあげるココア味のクッキーを作った。クッキーはさくさくとしてとっても美味しくできた。その後、お兄ちゃんの好きな、チョコレートケーキ……は、ワンホールだと重いかなと思ったので、カップケーキサイズのフォンダンオショコラを作る。


 「できた」

フォンダンオショコラは、味見ができなかったけれど、美味しそうな香りがしていたので、多分、大丈夫……大丈夫だと信じたい。綺麗にラッピングして、完成だ。あとは、告白するだけ! いや、そのだけが何より難しいんだけれども。


 包みを鞄の中に入れて二階にあがり、お兄ちゃんの部屋へいく。

「お兄ちゃん」

「どうしたの、朱里?」

「あのね……」


 緊張して、なんだか、口の中が乾燥する。でも、言わないといつまでたっても、義妹のままだ。

「明日、生徒会のお仕事が終わった後、時間を貰えないかな?」

「? いいよ」


 やったー。第一関門はクリアだ。でも、これで、ますます逃げられなくなった。いや、でも、逃げちゃだめだから、これでいいのかもしれない。

「それだけ。勉強中にごめんね」

「ううん、全然大丈夫だよ」


 新学期になってから、お兄ちゃんは本格的に受験勉強を始めている。一月にあった模試の結果も散々だったし、私もお兄ちゃんを見習って勉強しないとな。


 「じゃあ、おやすみ」

「おやすみなさい」



 ついにバレンタインデー当日。

「……一睡もできなかった」

コンシーラーでクマを隠す。一睡もできなかったけれど、頭はぎんぎんに冴えている。


 「おはよ、朱里」

「おはよう、彩月ちゃん」

ハッピーバレンタイン、といいながら、彩月ちゃんがトリュフをくれた。私も、彩月ちゃんにクッキーを渡す。


 「ん、このクッキー美味しい。小鳥遊先輩にも、これをあげるの?」

「いや、お兄ちゃんにはフォンダンオショコラをあげようとおもって」

お兄ちゃんはチョコレートケーキが好きだから。そういいながら、ラッピングをみせると、彩月ちゃんは本気だねぇと笑った。


 「美味しそう。きっと、成功するよ、大丈夫」

「そうだといいなぁ」

振られるところしか想像できない。って、いやいやいや、また思考がマイナスになっている。振られてもいい。まずは、義妹を脱出することが大事なんだから。


 意識が飛びそうになりながらも、授業を無事受け終わり、生徒会の時間だ。私たちの高校は特に、三年生を送る会などは行わないので、わりと暇だ。いつもの委員会会議の書類を作成して、終わった。


 「じゃあ、お疲れ様」

と、みんな続々と帰っていくなか、私とお兄ちゃんは、生徒会室に残る。


 「それで、朱里、どうしたの?」

お兄ちゃんが、首をかしげる。

「あのね、私、ずっと、お兄ちゃんのことが……」


 私がいいかけたところで、がらがらがらっと、生徒会室の扉が開いた。

 「小鳥遊せんぱーい! 渡したいものがあるんですけど……」

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