第37話 旅行
ようやく、八月に入り、補習も終わって開放感でいっぱいだ。そして、八月の頭といえば、我が家では定番のイベントがある。家族旅行だ。今年は、温泉にいくんだよね。楽しみだ。
旅館はそう遠い距離ではないので、お父さんの車で行くことになった。
お父さんは、温泉よりも旅館で出る料理のほうが楽しみなようで、昨日から何度もメニューを確認していた。お義母さんは、運転をしているお父さんの横で、たくさんの種類があるという浴場について、語っていた。
「楽しみだね、お兄ちゃん」
「うん、楽しみだ」
? お兄ちゃんの反応がちょっと鈍い? 気のせいかな。あんまり、八月に温泉は気が進まなかっただろうか。
そんな疑問を抱えつつも、無事旅館についた。
旅館につくと、早速洋服から備え付けの浴衣に着替える。浴衣って、楽で良いよね。
「朱里、着替え終わった?」
「うん」
「お義父さんと、お母さんが、色々あるみたいだから見に行こうって」
そういうお兄ちゃんも浴衣に着替えている。お兄ちゃんの浴衣は、なんというか、すごく様になっていた。柄は私とそう変わらないはずなのに、何だか違って見えてドキドキしてしまう。
亮くんの水着といい、お兄ちゃんの浴衣といい。私は、普段と違う格好に弱いのだろうか。と思いつつも、お兄ちゃんの後を追いかける。
と。一瞬、見間違えかと思うようなほんの一瞬、お兄ちゃんの体が傾いた。何かに躓いたんだろうか。ううん、もしかしたら。
むくむくと、疑問がわきながらも、お父さんたちと施設を回る。
卓球、ビリヤードや、カラオケ、ゲームセンターなど、とても施設は充実していて、楽しそうだった。
色々あるけれど、元卓球部のお父さんとお義母さんは、卓球に興味が引かれたらしく、卓球を始めた。私も、参加しようかな。
でも、その前に。
お父さんとお義母さんに、声をかける。
「喉が渇いたから、飲み物かってくるね。迷子になりそうだから、お兄ちゃんもついてきてくれる?」
「いいよ、いこうか」
何の疑いもなく、着いてきてくれたお兄ちゃんにほっとする。
「ええっと、確かここに……」
「なんで、部屋に? 自販機は、一階だよ」
旅館の部屋に戻って、私の鞄の中をごそごそと漁っていると、案の定お兄ちゃんは不思議そうな顔をした。そんなお兄ちゃんに、風邪薬を差し出す。前風邪を引いたとき、恥ずかしい思いをしたから、それ以来風邪薬は持ち歩くようにしてるんだよね。
「はい、これ」
「っ、なんで、僕が風邪引いてるってわかったの」
やっぱり、風邪引いてたんだな。おそらく、熱まではないと思うけれども、体そうとうだるかったんじゃないかな。
「だって、お兄ちゃんとずっと一緒にいるんだもん。それくらいわかるよ」
車の中で反応が鈍かったのも、さっき一瞬体が傾いたのも、風邪を引いてたんだとしたら納得する。
私がそういうと、お兄ちゃんはため息をついた。
「……朱里は、本当にときどきずるい」
子供みたいに拗ねた声を出したお兄ちゃんに思わず笑って、水を入れたコップを差し出す。
「お兄ちゃんは、優しいから、旅行を楽しみにしてた私やお義母さんやお父さんの手前、風邪を引いたなんて言えなかったんでしょう? そんなお兄ちゃんのことが、私は──」
自然に出てきそうになった言葉にはっとする。ああ、なんだ、そっか。恋とは何か。なんて、難しく考えなくて良かったんだ。私は優しいお兄ちゃんのことが、好きなんだ。
「……私は、尊敬してるよ」
私がそういうと、お兄ちゃんは照れ臭そうに笑って、薬を飲み干した。
「即効性の薬だから、早く良くなると思うよ。その代わり、ちょっと眠くなるけど……」
「眠くなってきたかも」
そういって、お兄ちゃんは、私の肩に頭を預けた。即効性とはいえ、そんなに効き目が良かったっけ!? 私が驚いていると、
「うそ」
といって、お兄ちゃんは笑って頭を上げた。
「もう、お兄ちゃん」
「ごめん、ごめん」
空元気だとしても、いつもの調子を取り戻してきたお兄ちゃんにほっとする。その後は、特に問題もなく、旅行を楽しんだ。
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