第35話 プール

さて、七月に入り、期末テストを乗り越えれば、夏休みだ! プールに祭りに花火大会! 楽しいイベントが目白押し。


 「朱里はその前に補習を受けないとだけどね」

「……うっ!」

はしゃぐ私に、彩月ちゃんは冷静なツッコミを入れた。……そうなのだ。日本史で赤点を取ってしまった私には、夏休みに補習を受ける義務がある。


「解答欄をミスるなんて、朱里らしいけどね」


 亮くんに勉強を教わったおかげで、テストの問題はすいすいと解け、他の科目は見事赤点ではなく平均点を叩き出していた。けれど、日本史は最後だったのがいけない。最後だったから、これくらい余裕で突破できてしまうと、たかをくくってしまったのだ。その慢心が、解答欄を一つ飛ばしにしていまうという結果を引き起こしたのだ。まあ、全ては調子に乗ってしまった私の自業自得なんだけれども。


 生徒会役員なのに、赤点で補習だなんて、カッコ悪すぎる。


 「うわーん」

「よしよし。でも、それじゃあ、ダブルデートはお預けかな」

「ダブルデート?」

私が首をかしげると、彩月ちゃんは、小塚くんから四人でプールに行かないか、という話がでていることを話した。


 「プール行きたい!」

「でも、補習があるんでしょ?」

「速攻で終わらせるから!」

補習は授業自体は、一時間で終わって、それから課題のプリントを早く解いた人から、帰れるのだ。


 「わかった、わかった。じゃあ、一時までに終わらせられる?」

「うん、うん! 頑張る!」


 それじゃあ、この日にプールに行こう、と決めて、それぞれ亮くんと小塚くんにメールを送った。






 「暑い!」

こんな日に、学校に行かなければならないなんて、拷問だ。と、照りつける太陽を呪いながら、昇降口でローファーから、スリッパに履き替える。すると、

「朱里?」

「お兄ちゃん!」

見知った声に振り向くと、お兄ちゃんが学校にいた。


 「お、おお、お兄ちゃんがなんで学校に!?」

まさか、スポーツ万能、学業優秀なお兄ちゃんが、補習を受けるはずはないだろう。

「僕は、夏の進路面談を受けにね。ほら、冬になると本格的に受験勉強を始めなきゃいけないから」

な、なるほど。進路面談か。


 「朱里は?」

「……………………………………補習です」

あまりの恥ずかしさと不甲斐なさに蚊のなくような小さな声で言ったものの、お兄ちゃんにはしっかりばっちり伝わったらしい。お兄ちゃんは、まるで、聞きなれない言葉を耳にしたように目をぱちぱちと瞬かせた。


 「そっか、頑張ってね。でも、わからないところがあったなら、聞いてくれたらいくらでも教えたのに」

お兄ちゃんの優しさが痛い。ここは、ひとまず撤退すべきだろう。


 「あ、ありがとう。お兄──」

「小鳥遊先輩! 先生が呼ばれてましたよー」

そういって、お兄ちゃんを呼んだのは、愛梨ちゃんだ。お兄ちゃんと同じで、成績優秀なはずの愛梨ちゃんが補習のはずない。一年生の選ばれし成績のものだけが、参加できるという特別講習を受けに来たのだろう。亮くんも受けるんだよね。


 だけど、それよりも。


 愛梨ちゃんは、お兄ちゃんを呼びに来たはずなのに、なぜか、お兄ちゃんにくっついた。


 「中原さん? 離れてもらえないかな」

お兄ちゃんがやんわりと、愛梨ちゃんの手を離そうとするも、愛梨ちゃんも負けてない。

「えー、私、先輩の彼女ですよ」

「もう別れたでしょ。朱里に誤解されたくない」

「私はまだ納得してませーん!」

そういって、一層愛梨ちゃんは見せつけるようにお兄ちゃんに手を絡ませた。


 私は、一体何を見せられてるんだろう。


 流石にこれ以上、二人がいちゃいちゃしているのを見るのは辛いので、あはは、じゃあ、私はこれで。と、急いで階段をかけ上がる。遠くで、お兄ちゃんが私を呼ぶ声が聞こえた気がしたけど、気にしない。


 もしかしたら、というか、多分絶対愛梨ちゃんが将来の義姉になるのだから、あの光景も見慣れておいたほうがいいのだろうけれど、そんな気分にはなれなかった。


 ただでさえ憂鬱な補習を更に憂鬱に感じながら、授業を受けた。


 「終わったー!」

プリントを何とか片付けて、今日の補習はおしまいだ。やっと、プールに行ける。時計を見ると、まだ約束の一時までに大分余裕があったので、お昼ご飯は家に帰って、とることにした。


 お昼ご飯を食べたら、待ちに待ったプールだ! 制服から私服に着替え、駅に向かう。

「あっ、亮くん!」

特別講習があったからか、今日は私のほうが駅に着くのが早かった。


 「朱里ちゃん、待った?」

「ううん、全然」

補習や特別講習がない彩月ちゃんたちとは、プールで集合だ。それにしても、普段は私のほうが亮くんを待たせることが多いから、新鮮だな。


 ちょっとだけ、やり取りがくすぐったくて笑うと、亮くんは、不思議そうに首をかしげた。


 「朱里ちゃん?」

「ううん、何でもないよ。さぁ、行こう!」




 プールはめちゃくちゃ楽しかった。ウォータースライダーに、波のプール。そして、プールサイドで、売っているアイスや唐揚げもとっても美味しい!


 でも、一つ問題があった。

「どうしたの?」

亮くんと目が合わせられないことだ。忘れてたけど、プールって、水着だよね。水着って、布面積が異常に少ないよね。私の水着は、割りと布が多いものを選んだけれど、男の子の亮くんは、海水パンツだった。亮くんの腹筋とかに目がいってしまい、どぎまぎしてしまうのだ。


 私って、もしかして、変態だったのだろうか。地味にショックだ。


「な、何でもないよ!」

「朱里ー、田中、次、ゴムボートで滑るやつにいこうよ」

「う、うん!」


 スライダーに誘ってくれた彩月ちゃんに感謝しつつ、亮くんから目をそらした。


 「楽しかったね」

「うん!」

夕方までプールで遊びつくし、帰路につく。彩月ちゃんと小塚くんは、夕食も一緒に食べて帰るらしく、プールで別れた。


 「朱里ちゃん」

「ん?」

立ち止まった亮くんに、私も立ち止まる。


 「この日、空いてる?」

亮くんが聞いてきたのは、八月の予定だった。

「……空いてるよ」

「だったら、夏祭りに行かない?」

「うん」


 亮くんは、何も言わなかったから、私も、何も言わなかったけれど。その日は、丁度、あの雨の日から三ヶ月の日だった。


 これは、つまり、その日に返事を教えて欲しいってことだよね。


 気づけばもう、あと、一ヶ月と少し。一ヶ月後、私はなんて言うんだろう。

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