第27話 嵐
「な、なんで!?」
帰る時間を教えてなかったはずだ。なのに、なぜ駅に。
「そろそろ帰るころかと思って」
エスパーなの!? お兄ちゃん、エスパーだったの!? 私が驚いている間にも、亮くんは冷静だ。礼儀正しく、挨拶をする。
「あの、お兄さん。俺は、朱里さんとお付き合いさせていただいてる田中亮と申──」
「君にお兄さんと呼ばれる筋合いはないよ。さぁ、帰ろう朱里」
「えっ、ちょっと、お兄ちゃん!」
お兄ちゃんに強く腕を引っ張られ、たたらを踏む。そんな私とお兄ちゃんを見て何かを察したのか、亮くんは、
「今日は出直した方が良さそうだね。朱里ちゃん、また、学校で。会長、また、改めて挨拶に伺います」
と言って、帰ってしまった。あまりのスマートさに手を振ってくれた亮くんに、手を振り返すことも忘れてしまった。そして、残された不機嫌そうなお兄ちゃんと私。
ど、どどど、どうしよう。
お兄ちゃんに手を引かれるまま、帰り道を歩く。そういえば、お兄ちゃんにこうして手を引かれるのもずいぶんと久しぶりな気がした。いつからだっけ、お兄ちゃんと手を繋がなくなったの。確か、中学生になってからな気がする。
なぜか、機嫌が悪いお兄ちゃんから目をそらすように、そんなことをぼんやりと考えていると、お兄ちゃんは唐突に話し出した。
「いつから付き合ってるの?」
「ええと、五月に入ってから、かな」
「へぇ」
お兄ちゃんの相づちが、完全に怒ったり、拗ねたりしてるときのそれだ。めちゃくちゃ気まずい。
「朱里は、」
「うん」
お兄ちゃんが立ち止まったので、引きずられるようにして歩いていた私も止まる。
「あの子のこと、好きなの?」
む、難しい質問だ。お兄ちゃんが聞いてるのは、恋愛的な意味だよね。たぶん。
「……同じだけの想いは返せてないけれど、いずれは、同じくらいになりたいと思う」
「つまり、それは、いくらかは好きってこと?」
「……たぶん」
まだお兄ちゃんのことが好きかもしれない私は、どうしても言葉を濁すことになる。でも、まさか、本人の前で、そんなことを言えるはずもなく。
「……そう」
そういうお兄ちゃんの声が、少し変で。
「お兄ちゃん?」
どうしたの。お兄ちゃんの顔を覗き込む。お兄ちゃんは、今まで見たことがないような表情をしていた。まるで、泣き出す寸前の子供のような、途方にくれたような、顔だった。
「朱里は……、僕が、怖い?」
さっきまでのお兄ちゃんは、確かに少し怖かった。強引だったし。
私が答えられずにいると、お兄ちゃんは、力なく私の腕を離した。
「お兄ちゃん……?」
「……ごめん」
それは、怖がらせてごめんの謝罪なのか、それとも、別の意味なのか。私が図りかねているうちに、お兄ちゃんは、歩きだした。慌ててお兄ちゃんの後ろをついていく。結局、それきり、一言も話せなかった。
■ □ ■
俺は、飲んでいた紙パックのコーヒー牛乳で、思わず咳き込んだ。
「ごほっ! か、か、か、か、彼氏ぃ!?」
「智則、汚いよ」
すかさず鋭い指摘が優から入るが、優にはいつもの覇気がない。今日は、あれだけ固執していた朱里ちゃんと登校していなかったから、おかしいと思っていたけれど、まさか。
「……付き合っちゃったかぁ」
返事は慎重に、って言ったんだけど。だって、どう見ても朱里ちゃんは優のことが好きだし。
「もう、駄目かもしれない」
優がため息をつきながら、顔を伏せる。こんなに弱気な優は初めてだ。ほんとに朱里ちゃんのことになると人格が変わるな。
「ま、まぁ、そうは言ってもまだ、親父さんとの『約束の期間』は始まったばかりじゃん!」
だから、元気をだしてほしい。弱気な優ほど、不気味なものはない。
「……朱里の意思が最優先、も、約束だから。それなのに、」
「うん?」
「朱里といると、強引な手段に出たくなる。昨日だって、朱里を怖がらせた」
お前はわりと普段から強引なやつだったよ。というのは、置いておくとして。優が言いたいのは、そういうことじゃ、ないだろう。俺がなんて声をかけていいのか迷っていると、嵐がやってきた。
「小鳥遊先輩、いますか?」
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