第192話 明秋と呼春ちゃん:成長しているよ! ……たぶん



「メグの手料理が食べてみたいなぁ」


 フィリーのひと言に、未天みそら呼春こはるちゃんがクワっと目を見開いた。

「ぜひ食べてみたいです!」

「あ、あ、え、えっと、わ、わたしも、たたた、食べてみたいなぁ……」

 呼春ちゃんは爛々とした瞳で、未天はチラチラと私の反応を伺っているようだった。


 一方そのころ。


「ねーちゃん……料理……うぅ、頭が……!」

 明秋ひろあきが床でうずくまっていた。ギョッとした呼春ちゃんが急いで彼に駆け寄りきかかえる。

「明秋! どうしたのですか!」

「……すまん、ちょっと昔のことを……ぐぅ……!」

「明秋ー!」

 明秋はそのまま床に倒れて動かなくなってしまった。眉間にシワが寄ったままだ。さぞ辛いことが昔あったのだろう。それを思い出してしまったのかもしれない。


「料理はムリ」


 率直に告げる。無理なものは無理なので。

「レトルトならごちそうする」

「そ、そうなんだ。まあレトルトも美味しいよね」

「私もそう思います。明秋の料理ほどではありませんが」


「いやいや、レトルトを食べられる状態にするのは料理って言わないでしょ」

「「「……」」」


 まさかフィリーに常識を説かれる日が来るとは思わなかった……なぜだろう、悔しいという感情が抑えられない。

「……わかった。じゃあやってみる」

「「「え?」」」

「料理ができなかったのはもう何年も前の話だから、もしかしたらできるようになっているかもしれない」

「いやそれは……ちょ、挑戦することは良いことだと思います」

「そんなわけ……わ、わたしもバイクに乗れるようになったし、メグちゃんもきっと成長しているよ! ……たぶん」

 フォローしてくれている2人だが、2人ともこっちを見ていなかった。目を反らしていた。これが優しい嘘というヤツか。

「どちらにせよ面白そうだからカメラ回しておくわね!」

 フィリーこいつには試食という名の実験の被験者第1号になってもらおう。





 冷静に考えれば練習していないのに技能が上達するわけはない。


「味噌汁が焦げた!?」

「卵を割るのに工具はりません!」

「包丁で指先とか切れちゃうのよ? いい? 覚えた? 覚えなさい!」

「皿が割れたら空も割れた!?」

「トースターを使ったら外が猛暑になったのですが!?」

「撮影のカメラが壊れた!?」


「メグちゃんはもう料理しちゃダメだからね!」

「メグ先輩はもう料理しないでください!」

「メグはもう料理しちゃダメ!」

「「「返事!」」」


「あ、はい」


 3人に取り囲まれていた。はいとしか答えられなかった。誓約書まで書かされた。

 あとそもそも口に入れられるレベルのものを作り出せなかったので、フィリーに実験体になってもらう計画も消えていた。というより私が実験体で3人がその被害者という構図になっていた。まあ死人が出なくて良かったといったところか。

「……ちなみにメグの料理(?)の腕前を知っているのは」

「家族とバイト先の店長」

「店長さんかわいそう……」

「たぶんお店の設備は破壊されたでしょうね……」

「何で飲食店でバイトしようと思ったの???」

 散々な言われようである。ちなみにあの店でバイトしているのは客層が良さそうだったのと単に自宅から近かったからで深い理由はなかった。

「……メグちゃんにはわたしが毎日お味噌汁作ってあげるからね」

「良いですね私も作ります……」

「じゃあ私も……」

 お嫁さんが3人できたらしい。普通に困る。

 ちなみに明秋はしばらく目が覚めず呼春ちゃんに介抱されていた。手厚く介抱されていた。たぶん気絶した明秋の気持ちを呼春ちゃんが理解したのだろう。互いをより分かり合えたということだ。世話になっている2人だ。私も少しは役に立てただろうか。



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