第185話 反響(3章終)



 今回撮影された動画は数回に分けてアップロードされた。


 そもそものボリュームが多かったのと、あとは単にフィリーが再生数を稼ぎたいからである。


 そして肝心の――私はどうでもいいが――いや、どうでもよくなくなってしまったのだが――動画の反響は”すさまじい”のひと言だった。


 とりあえずインカムは売り切れた。もはやどこにも売っていない。同シリーズの旧型の在庫さえも無くなってしまったという。案件をくれた企業からは悲鳴のような感謝のメールがフィリーに届いているらしい。


 そして我々が訪問した場所のことごとくで、ライダーの姿がこれまで以上に確認されるようになった。迷惑になっていないか正直心配である。あとSNSを見ていると、バイクの駐車場がどこもいっぱいだという嘆きが聞こえてきていた。


『今回の動画ほんと好評価よ。撮影してくれる人がいたから今までとアングル違って新鮮だし、画面内に人が多いから華やかだし、トークできるし最高!』


 ここまではまあ良い。問題はここからだ。


『メグにモデルとかレビューの依頼来てるんだけど、どうする?』


 どうしてそうなった。


 いや、理由は分かっている。鎌倉のお店でやったファッションショーあれだ。フィリーがアホなばっかりに、あのシーンで


『……てへぺろ♪』


 ライディングブーツ(つま先に芯が入っている)でスネを蹴ってやった。文句は言わせない。その動画はすぐに差し替えさせたが、フィリーの動画は一瞬で何十万回も再生されるので、一定数の人々に私の顔は晒されることとなった。


『「エストレヤの子が美人すぎだろ」「どこでみつけたんだよ」「まあ美人って美人を呼ぶし……」「ツッコミが辛辣で草」「浜松に引っ越します!」だってさ。どう? どう? 私のメグをみんなが褒めてる!』


 もしかしてモザイクミスったのわざとか? わざとなんだろ?


『あとチャンネル登録者数の女性の割合が爆増したわ!』


 なんでだよ。


『「待って、推せる」「どういう女の子がタイプですか」「はぁ、好き」「顔が好きすぎる」「顔が好みすぎて心臓止まった」「その髪のカラー美容院でなんて頼めばやってくれますか?」「普段何食べてるか教えてください」「タイプな女の子教えてほしいです!」だって! ほら見てほら!』


 ええい、スマホを押し付けるな。


『まあ外見なんて変わっていくしいま使ってるアバターか何かだと思えばいいのよ』


 ほとぼりが冷めるまでログアウトさせてほしい。


『あとエストレヤの価格が上がってる』


 良いことだ。あわよくば復活まで行ってほしい。W800だって復活したんだし。あるいはクラシックバイクブームとかになって各メーカーからたくさんの新作のクラシックバイクとかが発売されないものか。


『ありえないとは言い切れないわね』


 彼女のその言葉は微かに私の心を揺り動かしていた。





 そんなことがあり、三浦ツーリングが終わってからしばらくは周囲がなんとなく騒がしかった。しかし何はともあれ日常はこなさなければならない。


 学校へ行き、バイトをして、エストレヤに乗る。あるいはそうすることで動画がリリースされる前の日常を引き戻そうとしたのか。だが物事というのは立て続けで起こるようだ。


 とある休日。


 テキトーに市内をエストレヤで流したあとに家に帰ったら、思いがけない光景が待っていた。エストレヤを家の前に寄せて降り、スタンドを立てて一旦顔を上げたところでフリーズしてしまった。


「は?」



 見知らぬバイクが玄関先に駐車されていた。



 ヘッドライトは2眼。タイヤは太い。パイプ状の部材がふんだんに使われている。工業機械のような趣があった。最も印象的なのはシートだ。なんと背もたれがある。その後ろは広い荷台になっていた。


 それらを眺めて私が抱いた印象は―― どこか懐かしい―― しかしクラシックとも違う―― ”レトロ”だった。


 車体の側面には、このバイクの名前と思しきものがプリントされていた。



 HONDA PS250。



「は……?」




 3章 fin.







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 10月から更新再開予定です(4章)。





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