第175話 神奈川三浦エリア:たぶん語彙力が2くらいになってる



 暖簾のれんをくぐって脱衣場に入る。湿った空気が私たちを出迎えた。


 マス状になったたなで片側の壁が埋まっていた。棚には扉もなく、強いていうなら中に樹脂製のカゴが放り込まれている。カギ付きロッカーがズラリと並んでいたいつかのスーパー銭湯と比べるとだいぶシンプルな造りだった。


 床は竹か何かの素材でできた小麦色のタイルが敷き詰められていて、天井の隅の方では剥き出しの換気扇がゴォォォと回っていた。


「あー! 欲しかった感じ!」


 真ん中に立ってグルグルと脱衣場を見回すフィリー。棚の中を覗きこんだり、メーターがぐるぐる回るタイプの体重計に乗ったりして興味深そうにしていた。


「銭湯とかもこういう感じなのかしら? ビンに入ったコーヒー牛乳を湯上りに飲むっていうのもいつかやってみたいわ!」


 いまどき”スーパー”がつかない銭湯ともなるとなかなかにレアだ。であればそのうち目的地としても良いかもしれなかった。


「んじゃ、さっそくいただきましょうか」


 フィリーがガバッと衣類を脱ぎ始める。躊躇ちゅうちょのチの字もなかった。体格に対して遥かに引き締まったウエストがまずは姿を見せると、続けてあの豊満なバストが現れた。巨大なカップを持つ下着——レモンイエローを基調にした花柄がプリントされたブラだ。サイズと文様のおかげで華やかさが目立つが、可憐さも失われてはいない―― に支えられていた。


 分かってはいたが、大迫力だ。


 ジロジロ見てはよろしくないと思っても、つい視線が吸われてしまう。未天も同じ様子だった。私の隣で「ひぇぇ……」と小さく悲鳴を上げながら圧倒されている。


「ん? どうしたの2人とも。脱がないの?」


「いや、なんていうか、その……すごいなぁと」


 未天の返答を聞いたフィリーは、未天の視線を追って自分の胸元に顔を向け「ああ」と得心する。


「触ってみる?」


「良いんですか!!? ありがとうございます! 失礼します! ――おおおぉ……!!」


 ノータイムだった。フィリーのを背後から持ち上げてふよふよしている。未天もそんなに目を輝かせなくても良いのではないだろうか。「うわぁ……! すごっ……すごっ……!」などとこぼしていているので、たぶん語彙力が2くらいになってる。


 巻き込まれたくないので2人に背を向けて服を脱ぐ。脱いだ服はたたんでカゴへ入れた。そして上下の下着したぎを残すだけになった時だ。背後に感じる気配。とっさに振り返ったが―― ひと足遅かった。


「うわ細……! メグちょっと華奢きゃしゃすぎじゃない?」


 許可もなくウエストへ両手をまわす何者か。耳元で囁かれた声と、背中に感じる柔らかな感触を信じるのなら、犯人はフィリーに違いない。


「このネイビーの下着似合ってるわね。メグのクールな印象にマッチしてるわ。でもアクセントの刺繍は可愛い」


「ちょっと」


「すんすん……一日中走った後なのにどうしてこんないい匂いするの? ずるいわ。お肌もスベスベだし」


「ねぇ」


「あああ心配だわ! メグが変なやからにちょっかい出されたらどうしよう!」


 現在進行形で変なヤツにちょっかい出されているのだが。あと、どさくさ紛れに腕に力を込めて抱き締めモードに入るのやめろ。


「離れろ」


「あんっ。ちぇー、ケチ」


「本音が出てる」


「気になる子が素肌を晒していたら触りたくなるのは高校生の男子だったら普通よ」


 お前は女子高生だろうが。


「そうよねミソラ?」


「そうだね。女の子はみんな心の中に男子高校生がいるっていうしね」


 グレーの生地にシルバーの差し糸が混じったレースの下着姿の未天だが、活き活きとした顔してテキトーなコトを言わないでいただきたい。 


「しょーがない。じゃあメグの代わりにミソラで―― え? メグどうしたの私の背中に手を当てて。ホック外してくれるの? って、ちょ!? 脱衣所ここから出そうとするのはやめて! 押さないで私が悪かったから! ゴメンて!」


「あんまりお風呂に時間かけると夕ご飯も完成を通り越して冷めるよ」


「お楽しみの後にお楽しみが待ってる! 最高ね! 善は急げ!」


 フィリーがブラのホックを外した。その瞬間、バストがズンと重力に従ったのが分かった。噂では聞いていたが本当にそうなるとは。目の前の光景に隣では、またしても未天が「ひぇぇ……!」と声を上げていた。




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