第168話 神奈川三浦エリア:親近感
スプーンが大海原に進水する。カレーという名の大海原に。
ソースとライスを少しすくう。湯気がふわりと立ち上った。それと同時にスパイシーでありつつも、やはり甘みの強い香りが広がった。熱そうだったのでふーふーしてからそっと口の中にスプーンを滑り込ませ、味をほぐすようにゆっくりと咀嚼する。
(……おいしい)
優しく芳醇なる味わい。具材の味が良く染み出して調和していた。辛いタイプのカレーではなく、大人から子供まで食べられる一品だ。
「おいしい!」
「うんうん。おいしい。カレーってこういうのだよね」
2人はそう感想をこぼしてからすぐにまたカレーを口に運んだ。手が止まらないといった具合だった。
そういう自分も手が止まらない。カレーが一番おいしいであろう、温かいうちに味わいたいと思うとそうなってしまう。辛すぎないゆえに次々と口に運べるというのもある。つやつやと光っていた白米はカレーと混ざり合っていても食感が失われていない。噛んでいる間にカレーのスパイスが
(ニンジン……)
ごろっとしたニンジン。あまりにも大きいのでスプーンでカットを試みる。左右非対称のカレー専用スプーンで行うその仕草は、左右対称のスプーンで行うそれよりやりやすい気がした。菜切り包丁をイメージすれば近いだろうか。あ、いや、包丁なんてもう10年以上握ってないから違うかもだけど。
偶然
「なんだかバルバス・バウみたいだね」
「ばるばす……?」
「船の先端の水面より下にあるアレよね。なんていうか、楕円形で
「それそれ。なんだか形が似てない?」
「言われてみると似てるかも」
未天はゲームか何かによる知識だと推定できるが、なぜフィリーまで知ってるんだ? 一般常識なのか……? まぁあとで調べておこう。それにしても波を打ち消す、か。船であれば航行速度を高める効果があるのだろう。であれば同じようにカレーがすすむのも道理か。
(甘い)
ニンジンをいただく。歯もいらなそうなほどに柔らかく、そして甘かった。砂糖とはまた違った、野菜のさらっとした甘味だ。
つづいてジャガイモ。これもごろっとしている。こちらも同じくスプーンでサクっと切れた。口に放り込んでみると、ホクホクとした食感がしっかりと残っていた。
(……このスプーン食べやすいな)
通常のスプーンの場合、カレーライスをすくったら口に入れるために一度スプーンを体に対して垂直にする必要がある。一方でこちらの専用スプーンはというと、凹面を上にしてスプーンを右手で持つと、左右非対称の面積が広い方が自分側にくるようになっているためか、スプーンを垂直にまでする必要なく、スプーン全体を口の中に入れることができる。
(お皿の上のものも寄せやすいし)
ビーフ。ひとくちサイズの牛肉がトロトロになるまで煮込まれている。スプーンで切るどころか、スプーンの腹でそっと押し潰しただけで繊維がほぐれていってしまうほどだ。ひとたび口に入れれば、肉がほどけていくのに合わせて牛肉の強い味と旨みが広がっていった。
(……直球ど真ん中だ)
日本のカレーライスのルーツは海軍にあると言われている。元々海軍で食べられていたものが海軍を通じて全国に伝わっていったらしい。今でこそ日本全国に様々なカレーライスがあるが、その原型はこの海軍カレーだという。
辛いのか甘いのか、どろっとしているのかサラっとしているのか、具があるタイプかないタイプか、ビーフかポークかチキンか、なんて具合に差異はあるものの、それらはこの海軍カレーの派生型となる。つまり言ってみれば、この海軍カレーは。
(クラシック・カレーでもあるんだ)
意外なところで見つけたエストレヤとの共通点。そんなふうに見てみると、急に大きな親近感が湧いてきたのだった。
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