第137話 妥協案
「客層が違いすぎると思います」
なんだか盛り上がっている店長とフィリーだが、冗談じゃない。文化祭ではないのだ。何とかしなくては。
「今までは女性客がメインですよね。オートバイもロードバイクも男性ユーザーの方が多いですから、店の雰囲気が変わって今までのお客さんが離れてプラスマイナスゼロなんてことになりかねません。それに母数も全然違います。バイクユーザーの総数なんて知れています。人口の半分という母数がある女性客にアプローチし続けた方が無難です」
「そのアプローチが現状不振だからこそのテコ入れよ。女性って一言で言ってもいろいろいるしね。君影さん効果だって君影さんがいる時じゃないと意味ないし。その点バイク駐車場とサイクルラックは人員に依存しないサービスだし、坂の上にあって市街地からも若干距離があるこの店だからこそやる価値があると私は考えるわ」
それは確かに一理ある。個人に依存する運営はチェーン店あるまじきに思っていたし、立地が良いとはいえないこの店をあえて目指したり立ち寄ったりしてもらうには、それなりの理由が必要だ。
「本部はOK出してるんですか、こういう試みは」
「やるだけやってみて、って感じらしいわ。ローリスクローコストだから、ダメだったらやめれば良いし、みたいな」
雑かよ。
「ちょっといいですか?」
私と店長の会話を黙って聞いていたフィリーが手を上げた。
「君影さん効果ってなんですか?」
「フィリーさん良い質問! 説明しよう! 君影さん効果とは、君影さんを目当てにやってくる女性客による売り上げアップと、それと同時に発生する客単価がアップする現象のことよ!」
説明しなくていい。
「はー、なるほど。完全に理解したわ。メグに目を付けるなんて店長さん慧眼!」
理解せんでいい。
「そうでしょうそうでしょう? あーあ、君影さんがもっと協力してくれれば、私ももっと楽できるのになー。チラッチラッ」
甘い計画の尻ぬぐいをさせられているだけにしか思えない。
「フィリーはまさか偶然を装ってお店に来て”バイク用の駐車スペースがある!”とか言って騒ぐつもり?」
「まさか。【市内をのんびり流す】みたいな動画で何食わぬ顔でやってきて”ここはバイク用の駐車場があるのでたまに寄ります♪”みたいな字幕出す感じかしら」
「嘘じゃん……」
「もう一週間ぐらい通ったもん! 嘘じゃないもん!!」
「自分の影響力分かってる? 一歩間違えるとフィリーのファンが押し寄せるようになってフィリーはここに来られなくなるよ」
そしてそれは私も同じだ。カメラにこそ映っていないが、私も彼女の動画に巻き込まれている。私もここで働けなくなるかもしれない。そうなった場合、バイク通学などはできなくなる。
「え! それはヤダ!」
思い当ってなかったんかい。
「じゃあ中止ってことで」
「ちょ、ちょっと待ってよ君影さん! ここまでやって中止なんて!」
「じゃあ宣伝だけやめたらどうですか」
「……フィリーさんブーストも期待してたんだけどなぁ」
「頼るブーストが私からフィリーに代わっただけじゃないですか」
「ぐ……そっ、そもそもバイク駐車場って言い出したのは君影さんだしぃ……」
「う゛っ」
結局はそこだ。だからイマイチ強く言えない。テキトーに振られた話題だったのに実現可能性の高い案を出してしまったことが間違いだったのだ。自分の店の売り上げのためなら何かしら理由を付けて店員を引き抜いてくるような
店長が私の両肩に手を置いて微笑む。
「責任、取ろっか♪」
「っ……」
「そうよメグ! 私をその気にさせたんだから責任取ってよね☆」
お前は黙っててくれないだろうか。
「……はぁ。分かりました。じゃあこうしましょう」
私は盛大にため息をついて、一つの妥協案を提出した。
「期間限定で行きましょう」
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