第129話 混ぜるな危険?:トモダチのトモダチはトモダチ?



 未天みそらが私をみとめる。そして表情をほころばせた。


 普段であれば、なんてことはない。むしろ微笑みが向けられたことを喜ばしく思う。バイトをしている甲斐がある。


 しかし今は状況が違った。


 背後にはヤツがいる。その状況で未天が私に親し気にしようものなら、フィリーのことだから『メグのトモダチ? じゃあ私の友達!』とか言い出しかねない。いや言う。ヤツなら絶対に言う。


 今ならセーフだ。未天が店員向けの愛想笑いを浮かべたようにも見える。だから何食わぬ顔で、マニュアル通りの対応をすれば良い。『いらっしゃいませ。1名様ですか?』という定型句を述べるべく彼女に近づいた。



「いらっしゃいま――」


「えへへ、また来ちゃった」



 四方よも未天、お前もか。


 とっさに頭を抱えなかった自分をほめたい。もっとも、頭を抱える腕を動かさないために体の他の部位も動かせなかった。なので一瞬フリーズしたみたいになってしまった。


「? メグちゃ――」


「1名様ですね。こちらへどうぞ」


「あ、はい」


 未天を席まで案内する。フィリーとはフロアの反対側になる席に座ってもらった。これでお互いと多少会話しても問題ないだろう。


「ご注文はお決まりですか?」


「あ、えーと、ブレンドとガトーショコラケーキ……?」


「かしこまりました」


 ボロが出ないうちに撤収する。少し冷たい感じになってしまったが、この際やむを得ない。バックヤードに戻る前にちらりとフィリーを盗み見る。


 食べることに夢中になっていると思ったら、急にこちらを向いて目が合ってしまった。なんて勘の鋭い女なのか。あとウインクするのはやめろ。


 お客さんに見えないところでぐったりする。しかしすぐに気を取り直した。ブレンドとガトーショコラが爆速で出てきたので、早速未天みそらに提供するべくフロアに戻った。



「お姉さんライダーですよね?」


「……!? ……!??」



 な に し て ん だ コ イ ツ。


 フィリーが未天に絡んでいた。しかし未天は目を白黒させて何一つ返事ができていなかった。当然だ。学校でも私以外と会話しているところを見たことがない。私とはわりと流暢に会話してくれるようになったが、初対面の相手とそう簡単に会話ができるわけがない。


 まして相手はフィリーだ。彼女レベルになると相手によっては接しているだけでダメージを与えることになる。彼女はそのことをきっと知らない。


「んなっ……な、なん……わかっ」


「ヤマハのロゴの入ったカギ持ってるし、まだ暑いのに長袖だし」


「!?…… !? ……ッ!?」


「もしかしなくてもあそこに置いてあるSR400お姉さんのですよね? 良いですよねぇSR! ていうかまさか高校生ですか!? よかったら連絡先——」


「お客様ちょっと」


「え? あ。メぐぁ」


「他のお客様のご迷惑になっておりますのでこちらへ」


 私の名前を呼びそうになったので口を塞いだ。そしてフィリーを店の外へ引きずり出す。


「大人しくするって約束したよね?」


「『できる』とは言ったけど『する』とは言っていない!」


 できない約束するな。


「代わりに会計しとくから帰って」


「そんなぁ! せっかく見つけた女性ライダーなのよ! 年齢もたぶん近いし!」


「困ってたでしょ。みんながみんなフィリーとうまくやれるわけじゃない」


「そんなことない! ワタシなんでもデキル!」


 さっきできないって言ったばっかりだろ。


「あと20分くらいでバイト終わるから。そのあと走りに行くなら付き合うから」


「え♪ ほんと? 動画撮って良い?」


「……私は画面外」


「全然オッケー! じゃあ荷物回収してくる!」


 大きな体を軽快に弾ませて、彼女は店に戻——ろうとした、その時だ。


「あ、あのっ!」


 未天が店のエントランスから歩み出てきた。すぐに顔色が悪いと分かる。そして足元もおぼつかない。初対面の相手に委縮しているのが明白だった。


「メ、メグちゃんのお、お友達です、か……?」


「へ? メグ、この子と知り合い?」


「エっ、アッ、イヤ、アノ」


「なーんだ! だったら早く言ってくれればいいのに! メグの友達は私の友達よ! 初めまして! 私はフレイア・グロリオサ! メグのバイク友達って感じかしら。フィリーって呼んでね!」


「ひっ、ひぇぇ……!」


 未天の了解も待たずに彼女の手を取って握手を敢行するフィリー。未天は完全にされるがままだった。


「あのSR400はあなたのね! 私は隣のDS400Cに乗ってるの!」


「DS400C? あのVツインの……? もしかしてメグちゃんのヘルメットに貼ってあったVツインエンジンに☆のマークのステッカーって……」


「あ。私があげた」


「……ほーん」


 未天の目が一気に座った。


「初めまして。メグちゃんのクラスメイトでバイク友達でもある四方未天です。学校ではほぼずっとメグちゃんと一緒にいます」


「あぁなるほど。他に友達いない感じ?」


「うぐぅ!? あ、あ~、そうともいうけど、でも100人の浅い友達より1人の親友っていいますか、あー……えー……ふ、ふーんだ。わたしメグちゃんとお泊りとかしてるもんね。もう次のお泊りの予定もあるもんね」


「はぁ!? ちょ、どういうことよメグ!」


「メグちゃんわたしも説明してほしい! この人とどういう関係なの!?」


「ちょ、ちょ、ちょっと待って!」


 私は両腕を前へ突き出して叫んでいた。

 たぶん一生の中で一番大きな声を出した。


「場所を変えさせてください……」


 何事かとこちらを見つめている店長や同僚の視線に耐えられなかった。げんなりしながらバイトを終わらせた。




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