3章
第122話 うつろい
季節というのは時速何キロで進むのだろうか。
秋と呼ぶには蒸し暑く、夏と呼ぶには空の青さが物足りない。そんな10月の路上で考える。だが、たぶんバイクでは逃げられもしないし追いつけもしないであろうということしか分からなかった。
(
時間貸しの二輪駐車場にエストレヤを滑り込ませる。バイクに乗るようになるまで全く意識したことは無かったが、浜松にも二輪用の駐車場は存在していた。もちろんというかなんというか、自動車用の駐車場と比べると圧倒的に数は限られているが。
(ギリギリだ)
スマホが示す時刻に少し慌てる。メットをロックにかけたあと、サイドミラーで髪を整えてから歩き出す。中心市街地にはあるものの、幹線道路からはやや外れ、半ば住宅街になったような場所に目的地はあった。
「メグちゃん」
「ごめん
華奢で全体的に色素の薄い、長すぎる前髪と丸くて大きいメガネが印象的な女の子だ。バイト中のちょっとした(しかし私にとっては衝撃的な)出来事をきっかけに交流するようになり、今では学校において友人と呼べるほぼ唯一の人間だ。
同人ゲーム制作者として【
そしてなにより、ヤマハSR400のオーナーでもある。ヤマハSR400は、私が乗っているカワサキ・エストレヤと同じクラシックバイクのカテゴリに属する中型バイクだ。彼女のSR400は新車で納車されたばかりであり、そして彼女自身も免許を取得したばかりの初心者ライダーである。つまり、人もバイクも慣らし運転中というフレッシュなコンビだった。
「わたしもいま着いたところだよ」
「混んでるね」
「さすがだね」
行列ができているのは有名タルト専門店。色鮮やかなフルーツがふんだんに使われ目にも舌にもおいしいタルトを提供する人気店だ。自分で買ったり家族や友人が買ってきたりして、浜松市民なら一度はこのお店のタルトを食べたことがあるといっても過言ではない。
「お店で食べるのは初めてかな、私は」
「わたしもだよ」
しばらく待つと店内に入れた。好き嫌いに乏しい私はタルトを選べなかったので、未天が全て選んで2人で半分ずつ食べることにした。
かくして目の前に並んだのは、少し早めに届いた秋の恵み。梨やブドウ、リンゴやモンブランといった宝石たちだ。
「やっぱりおいしいね、メグちゃん」
無言で頷く。しっとりサクサクの生地、味のバランスの取れたフルーツやクリームが口の中で踊って楽しい。口の中身を飲み込んでもすぐに次のひと口を食べたくなる。
「この梨、よく煮込んであるのにシャリシャリ感が残ってる」
「こっちのモンブランは口当たりがすごく優しいよ」
ほら、とフォークに乗ったモンブランを差し出されるのでありがたくいただいた。お返しというわけではないが、私も梨のタルトをフォークで切って未天に食べさせる。こくんと飲み込んだあと、未天はうっとりと言った。
「秋が閉じ込められてるよ」
足早に届いた秋がぎゅっと詰まったタルト。このタルトのように、ほんのひと
しかし季節は
では、人間はどうだろうか。
私たちも否応なしに進んでいき、待ちわびたり名残惜しかったりするのだろうか。
少し考えたけど、それはやっぱり分からなかった。もう少し考えればわかるかもしれないけれど、未天や極上のタルトを前にして考えることではない。
「おいしいね、未天」
「そうだね!」
今はただ、目の前にあるタルトの味と、未天の幸せそうな笑顔を噛みしめるべきであろう。
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