第102話 東京:知らない言葉だ
(い、いかん。このままでは夢にテレポートしてしまう……)
バブルバスからなんとか脱出した。横たわるように湯につかることができる浴槽はそれはそれは心地よく、身も心もリラックス状態にいざなってくれた。本当にあのまま眠ってしまいたい気分だったが、湯船で寝るなど夢どころかあの世にテレポートしてしまう可能性があるのでNGだ。
浴場から出て浴衣を纏う。下着は先ほどショッピングモールで買ってきた新品に替えた。汗を吸っているであろう衣類を着るのに抵抗があった。ロッカーに戻れば新品のシャツも待っている。ようやくこれでさっぱりできた。毎回買い物するわけにもいかないので、温泉に入るのであれば今度からは替えの衣類を持って来ようと心にとめる。
「……主食だ」
脱衣所から飲食スペースに移った。土産物の販売の他に、食事や軽食が取れるようになっていた。ラーメンや寿司、スイーツなども充実していて、かき氷やライダーの主食たるソフトクリームもちょうど販売されていた。
(うまい……)
暑い中を走り熱い風呂に入った後だ。まずいわけがない。家族連れやカップルが目立つ中、一人でぽつんとソフトクリームをなめている姿は目立って視線を集めるが、それに耐えられないようではライダーはやってられない。
ライダーは基本1人だ。125cc以上のバイクであれば2人乗りに対応している場合がほとんどだが、大抵の場合バイクには1人で乗る。どこへ行くにも1人。つまりライダーであるなら1人であることが普通なのだ。
いや、むしろそれこそがバイクの利点のひとつでもある。つまり、1人でどこへ行っても良いと。行き先が湖であろうが大都会であろうが、あるいは温泉であろうが遊園地であろうが、『1人で来たんですか?』『はいバイクなので』『ああなるほど』となる。素晴らしい。……え? ますつーりんぐ……? 知らない言葉だ。
(温泉を目的地にするのもいいかもしれないな)
スマホで静岡県内の温泉を検索してみる。すぐに大量にヒットした。マップ上に温泉のマークが乱立している。浜松近辺だけでもスーパー銭湯から舘山寺のような温泉街までそろっている。県東部には天下の熱海や伊豆があり、ツーリングで行くにはちょうど良い距離感だ。目的の温泉にバイクを駐車できるかどうかだけは確認が必要だ。
ソフトクリームを食べ終わった後に休憩スペースに向かった。女性専用スペースもあってありがたい。リクライニングする椅子——フッドレストがあるのでほとんどベッド――があって、それに体を預けると、消えたと思った疲れと睡魔がにじみ出てくる。
(ぐおぉ)
快適過ぎる。冷房が良く効いていてしかし寒いほどではない。照明が絶妙に薄暗いのもポイントが高い。一人用のテレビも付いていて、ニュース番組では渋滞する高速道路の様子が映し出されている。海老名ジャンクションのあたりが渋滞しているらしい。先ほど走っていたエリアだ。少し時間がずれていたら巻き込まれていたかもしれない。しかし今は高みの見物だ。
(これはまずい。寝る、寝てしまう……)
いま寝たらいつまで眠るか分からない。夕方になってしまう可能性すらある。スマホのタイマーを使う手もあるが、周囲には他にも休んでいる人たちがいる。喧しく音を立てることはできない。しかし、ああ……。
「(スヤァ……)」
無事、私の意識は途切れた。
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