第97話 東京:知っているけど知らないところ



(ここが大和トンネルかぁ)



 テレビやラジオで何度も聞く地名。されど、テレビやラジオでしか聞いたことが無いその。海老名サービスエリアを過ぎてからはそんなエリアが連続していた。


 まずは大和トンネル。『大和トンネル付近を先頭に~』という渋滞情報はおなじみだ。トンネルによる暗がりとゆるやかな登り坂が、無意識な速度低下を招いて渋滞を引き起こしてしまうらしい。スピードの出し過ぎが強くいましめられる世の中にあって、【速度低下注意!】という看板まで置かれているのだからよほどのことだ。


 路上で速度を落とさないよう求められる。自分の中の常識としてはありえないその状況が、私の心理をひどく揺さぶった。環境が違えば求められることも変わる。そのことが如実に表れていた。


(……いまは渋滞してないな)


 お盆にも関わらず交通はスムーズに流れている。時間が比較的早いからか、あるいは上り線だからかもしれない。その推測を裏付けるかのように、下り車線はすでに渋滞が発生していた。まったく進んでいないということはないが、気休め程度だ。高速道路に期待されるそれではない。通勤時間帯の浜松の自動車街通りくらいの動きしかない。そしてその列はどこまでも途切れることがなかった。


(生帰省ラッシュだ)


 生で見て……うん、別に面白くはない。でも少しばかりの感動はあった。それから帰りに大渋滞アレに突っ込んでいくのがすでにイヤになった。


(渋滞は……マズい。空冷だもの)


 それからすぐに横浜町田、横浜青葉、東名川崎と通過する

 横浜は神奈川で、町田は東京らしい。町田の方は郵便の宛名を「神奈川県町田市」と書いてもちゃんと届くとかなんとか。横浜町田と横浜青葉とはとても距離が近いように感じた。それだけ需要が大きいのだろう。川崎は東京と隣り合う自治体だ。多摩川を渡ればそこはもう東京となる。フェンスのせいで多摩川の水面を拝むことはできなかったが、それでも周囲の気配から、東京に足を踏み入れたことが何となくわかる。


(——もうすぐ終点なんだ)


 車の流れが次第に緩やかになる。車同士の距離が近くなって密集していく。


 渋滞を軽減するポイントは車を完全に停止させないこと。たとえ歩くような速度であっても進み続けること。皆そのことが分かっているらしく、じりじりと車の列が進んでいく。


(う、ぐ、お)


 ゆっくり流れる渋滞がバイクには一番つらい。低速走行はバランスを保つのが大変なのだ。完全に止まってくれた方がまだ良い。


 アクセルをふかし気味にして、半クラッチを慎重に維持する。油断したらすぐにエンストだ。エンストということは移動速度がゼロになるということであり、渋滞の悪化の引き金を引くも同義だ。今は協力プレーの時だった。


 この先にあるのは東京インターチェンジと用賀料金所だ。道が分かれて右の方、用賀料金所の方の列に進む。その用賀料金所の先が首都高となる。


 長時間のクラッチとスロットルの操作により両手が悲鳴を上げ始めたころ、ようやく用賀料金所がその姿を現した。信じがたいことに、ETCレーンが渋滞気味だった。車同士の車間距離はほとんどなく、ゲートのバーもほぼ上がりっぱなしだ。ETCをもってしても、この数の車はスムーズにさばききれないようだ。


 用賀料金所いつも渋滞してんな、とニュースで聞くたびに思っていたが、こういう状況なら仕方がない。東から来たほとんどの交通が集中するのだ。むしろ渋滞している方が普通と思うべきなのだろう――都会の密度をひしひしと実感した瞬間だった。


 そしてETCレーンの心配をしている場合ではなかった。一番車両が集中している車線から抜け出して、注意しながら一般のレーンの方へ移動していく。一般レーンではそこそこの台数が順番待ちをしていて、ここまで台数が多ければもはや心強かった。こんなに仲間がいるとは。逆にのんびりと高速料金の支払いができそうだった。いや、もちろん手早く済ませたが。


 料金所を過ぎても解消されない渋滞の列になんとか入れてもらう。片側2車線の道は、ビルとビルの合間を縫うようにして伸びていた。高速道路=制限時速100キロという私の中の常識——固定観念をまたも打ち砕く、制限時速60キロの標識に思わず目を瞠ったあと、次第に加速する首都高の激流に、エストレヤと私は否が応でも流されていった。



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