第90話 晴走雨読
夏は進む。
宿題を片付けたりバイトをこなしたり、あるいはエストレヤであてどなく市内をブラブラしたりして過ごしている。有益かと問われると疑問符がつくが、無駄にはしていないと返答できる日々だ……いや、ちょっとは浪費しているかもしれない。
未天から届くメッセージを読み解くに、彼女はたまに学校に行っているらしい。
というのも、いくつかの教室が自習室として解放されているからだ。当然冷房が効いているし、職員室には先生たちが控えている。自宅の電気代の節約になり、分からない点は先生に質問できる。一石二鳥だ。特に受験を控えた3年生の登校率はかなり高いらしい。
一方で2年生でありインドアな彼女が、わざわざこの炎天下を移動して学校で勉強する理由が分からなかったのだが。
『家にいるとずっとゲームしたり作ったりしちゃって……』
と、高校生としてはわりと致命的な理由だった。教室が解放されていなかったらどうなったのだろう。
『メグちゃんもくればいいのに』
『暑いからヤダ』
『バイクでくれば大丈夫じゃない? エストレア? だっけ?』
エストレアではなくエストレヤだ、と訂正する面倒くさいエストレヤ乗りにならないよう踏み止まりながら返す。
『店から歩いてるうちに汗だくになるからやっぱりヤダ』
バイクツーリングならまだ良い。誰にも会わないから。しかし汗だくになり、さらに誰かに会うと思うととたんに気が滅入る。
『そんなー』
未天が眉をハの字にしている様子が目に浮かぶようだった。
『あーあ。多少は涼しくなるし、雨が降れば堂々と家にいるのに』
それは私もだ。
いや、少し違うだろうか。どちらかというと、晴れていると家にいる理由がない。
梅雨の間に雨で行動が制限されていたことが頭にこびりついていて、晴れているとどこかに走りに行かないと損をしている気分になるようになってしまっていた。夏のバイクが移動式サウナになることが分かっているのに、それでも家にいるより走りに行く方を選んでしまう。
『まぁ、2・3日したら雨みたいだけど』
『そうなの?』
『台風、来てるよ』
未天が言ったとおり、数日後には雨が降り出した。台風の本体は遠いのに、しかし雨と風は普段のそれとは比べ物にならないほど強い。
「……」
2階の自室からエストレヤを見下ろす。カバーをかけているため雨風ならしのぐことができている。バイクが濡れるにしても足元程度だ。
しかし問題はカバーの方で、強風にあおられてはバタバタバタ! と喧しい音を上げていた。あるいは空気を含んで風船のように膨らんでみたりもしていた。
(大丈夫……と思うのは楽観的か)
考えられることはいくつもある。カバーがもろに風を受けてバイクが倒れる。カバーとバイクを結ぶベルトが切れてカバー吹き飛ばされ、そのカバーが何かを破壊する。カバーのバタつきがうるさいとご近所から苦情が来るなどなど。可能性を考えたらきりがない。
(ロープで縛れば多少はマシらしいけど……)
カバーの上からロープでぐるぐる巻きにしてしまえばカバーのバタつきを抑えられるし、風を受ける面積も減る。カバーも空気をはらみにくくなる。もしそこまでやってバイクが転倒したりしたら、それはもうカバーがなくても転倒するレベルの風だったと諦めよう。
あいにく家にロープは無かった。ヒモもあったが紙紐だった。紙紐では雨天では役に立たない。理想は伸縮性のある自転車の荷作り紐だが、そんなものを今から買いに行く気力は無い。横殴りぎみの雨がふっている。
「あ。あるじゃん」
梅雨が終わり夏休みに入ったことでますます乗らなくなった自転車。その荷台部分に荷作り紐がぐるぐる巻きにしてあった。早速それを取り外し、エストレヤのカバーの上から巻き付けていく。
「よし」
紐の長さの都合上、ハンドルのあたりしか巻き付けることができなかったが、バタつきはかなり軽減されていた。何のケアもしないよりずっと良い。
自室に戻って再びエストレヤを見下ろす。揺れ動いていたカバーにほとんど動きはない。優雅とも思えるほどにシンと佇み、雨に耐えている。
「……雨にも負けず、風にも負けず、か」
見習いたいものだ。そんなふうに考えながら本を開く。現代文で読書感想文の課題が出ているため、それを片付けることにした。ちなみに選んだ本は去年と一緒だ。内容はだいたい覚えている。原稿用紙に書かされた感想もスマホで撮影しておいたので、それを書き写せば終わる。
先生が去年と違うので大丈夫だろう。人よりガソリンを使っているのだから、こういうところでエコになっておかなければ。ああ、リサイクルって素晴らしい。だってほら、モーターサイクルとちょっと似てるし。
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