第88話 高速道路:120km/h
時速120キロで走ることができる区間はそれほど多くない。
日本全国で見ても数区間しか存在していなかった。その数少ない区間の一つが、第2東名新静岡IC-森掛川IC間の60キロほどの区間だ。
(単純計算で……)
60キロの距離を30分で移動できる。
60キロというと、浜松からだと東は焼津、西だと
(もはやワープレベルだ……)
車線は広い。東名と比べると圧倒的に広かった。1車線ごとも広いし、それが片側3車線もある。ずっと3車線が伸びる道は見通しが良い。そして路肩にはもう1車線くらい作れそうな余裕すらあった。加えていまのところ、東名牧之原を思わせるような急坂は一切現れていない。時速100キロを超える速度での走行を想定して作られた高規格道路だ。
早く移動するには速く動く自動車に乗れば良いと思っていた。しかしより重要なのは、それが移動する"道"の方なのかもしれない。砂利道で速度は出ないだろう。
電車やリニアだってそうだ。レールがあるからこそ、圧倒的に高い速度が出る。ワープをしたければ、ワープできる乗り物を作るのではなく、ワープロード的なものを開発する方が、もしかしたらアプローチとしては正しかったりするのではないだろうか。
(まぁ私には関係ないけど……あ)
新静岡ICを過ぎた。景色が開けた。
道の両脇にフェンスが隙間なくならんでいる。アクリルかガラスか、とにかく透明な板がフェンスには嵌め込まれていて、向こう側の景色が良く見えた。さらに道を進んで川の上に差し掛かると、例によってフェンスも無くなって、遠くの景色が一層クリアに眺められた。
(静岡市街……めっちゃ遠い)
国1バイパスよりさらに北をこの道は通っているから当然だ。
(さっきまであの街の反対側にいたのか……)
忙しいヤツだと自分でも思う。それから静岡は通り過ぎてばっかりだなとも。
(……あった)
路肩を見上げる。制限速度を表示する標識が2つ並んでいた。初めて見る、デジタル表示の標識だ。道路状況に応じて表示する数字を変更できるに違いない。そして今は晴れ。いっそ曇ってほしいくらいの晴れ。
デジタル標識が示す速度。大型車などは80。
そしてそれ以外については――120。
(ここからだ)
後方を確認してひとつ右の車線へ。トレーラーの背後を離れ、コバンザメ走法を終了する。そうしている間にも、もうひとつ右の車線を猛スピードの車両が追い抜いて行く。ビィィィィィィィィィッ、とアスファルトを切りつける音。恐ろしいことに、きっとあれでも制限速度内だ。
(90……)
じりじりと速度を上げていく。エストレヤから伝わる振動は瞬く間で大きくなっていった。経験済みの100キロの時点でもすでに怖いくらいだ。
(110……)
速度は上がった。そしてまだスロットルはひねることができそうだ。
(……120!)
時速120キロ。
速度メーターがその数字を指し示した。
(出てる……!)
ジャケットの裾や襟は強くはためき、ヘルメット内ではビュービューという風切り音が鳴りやまない。正面からぶつかる風は巨大で、今にも後方へ吹き飛ばされそうだ。
ハンドルを掴む腕には激しい振動が伝わっている。お尻にもだ。振動と振動がくっついて逆に静止するのではないかと思えるほどだ。エンジンの回転数を示すタコメーターも見たことがない位置まで回っていて、そして細かく揺れ動いていた。車体全体が震えているのが分かって、ともすればバラバラに分解して高速道路の藻屑になってしまいそうな気がする。しかし、それでも。
(120キロ出てる!)
速度計は確かにその数字を指していた。
少しでも登り坂になったら速度は維持できないかもしれないし、この速度を維持し続けて果たしてエストレヤが無事で済むかもわからない。いや、それよりも前に体が持たないだろう。
ロングストローク単気筒。振動の大きさには定評がある。そしてロングストロークエンジンはピストンが行き来する距離が長いため、回転数が上がりにくい。ショートストロークエンジンと比べると燃費とトルクに優れるが、回転数には上限があった。つまり高回転が必要になる高速度域は、エストレヤは正直苦手だ。苦手どころか、物理的な限界がある。
だが、しかし、それでも、今この瞬間、確かに。
確かにエストレヤは、日本の路上で出せる最高の速度で走っていた。
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※実際の新東名は令和2年12月から御殿場JCT(ジャンクション)~浜松いなさJCTの区間が最高速度規制120km/hになっていたらしいです。
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