第85話 高速道路:メイド・フォー・ユー
「ていうか、そんなところ走るならますますライジャケ必要よ」
むしろプロテクターも無しで高速走ってるのが信じられない。彼女はそんな口ぶりだった。
「別に高速に限ったことじゃないけど、バイクでこけると吹っ飛ぶこともあるし道路の上を滑ることもある。吹っ飛べば全身をどこでも強打する可能性があるし、滑れば体の表面がズタボロになる。高速の場合は速度が高いから、それだけ力が大きくなって大ケガする確率が一気に高くなるわ。ていうか、ケガで済めば
誰しも経験がある。道を歩いていて転んだ拍子にとっさに手をつき、膝や体は打たなかったが地面についた手のひらは擦りむいていた、なんてことが。
バイクで事故った場合、それが全身で起こりうる。バイクが生み出す運動エネルギーは、人間の片腕程度で支えられるものでは決してない。
「たまに事故る前提で装備を揃える意味が分からないとかいう人がいるけど、そうじゃない。もし万が一事故を起こしてしまった時でも多少は何とかなる、っていう心の余裕が安全なライディングを生むの」
加えてライディングギアはバイクを操作するのに最適な作りになっていたり、走行によって生じるマイナス要素を軽減できる仕組みになっていたりする。そのためそこらの服より遥かに安全運転に寄与してくれるのだ。
「というわけで、やっぱりレザージャケット買いましょ。ほらそっちにあるわ、あなたの手の届くところに!」
「この世には分相応・不相応って言葉がある。バイク初心者の私があのライジャケに釣り合うとは思えない」
「なによ、そんなこと言ったら中型バイク乗ってる高校生だって世間一般から見たら十分背伸びしてると思われてるわよ。おまけにクラシックバイクのエストレヤ!」
「あのジャケットの値段見た? フィリーの金銭感覚は知らないけど、あれは気軽に買えるものじゃない。エストレヤを譲ってもらった時の代金より高いし」
「ちょ、ちょっと待って」
口論のようになりかけていた話が遮られる。フィリーにしては珍しく渋面を浮かべて、頭痛を堪えるようにこめかみを押さえている。
「エストレヤを譲ってもらった時より高い? あのエストレヤいくらで売ってもらったの?」
「5万」
「何キロで?」
「5,000キロ」
「5,000キロで5万!」
「身内価格だけどね」
あと言わないけどワンオーナー。
「どうしてそれを早く言わないの!」
「何でっていわれても……」
「いいなぁー、いいないいなぁー、5,000キロで5万~……」
「……フィリーもあのドラスタ自分で買ったんでしょ?」
「ううん、ペアレント・ローン(無利子)で買ってもらった。もう返したけど」
「よ、よく貸してくれたね」
「お母さんの説得がものすごく大変だったわ……」
彼女のお母さんはとてもしっかりしているらしい。
「話を戻すけど、やっぱりメグはレザージャケット買うべきよ」
「どういう理屈で」
「そのレベルのエストレヤだったら、まっとうに買ったら2桁万円になるわ。そこをメグは1桁万円で買ってるってことは、メグはすでに何十万も費用を浮かせているの。つまり! その浮いた何十万円は好きに使っていいの! 6、7万のレザジャケが何よ!」
「ぐぅ」
いかん、いまのはかなり心が揺らぐ。こ、このままでは……っ。
「いや……いや、それは屁理屈だから……」
「理屈には変わりないわ」
「何万円もするのも変わりない」
最近バイクの装備のために結構な支出をしている。これ以上の、それも高価な買い物は罪悪感がつきまとう。
「6万を5年で日割りすれば1日30円くらいよ。手入れをして体形も維持すれば5年くらい余裕で使えるわ。ほら、実質タダみたいなものじゃない!」
いつしか私たち2人はカフェからライジャケのコーナーに移動していた。レザーの独特な香りが鼻を撫でる。お目当ての夏でも使えるベンチレータ付きのレザージャケット。機能もさることながら、デザインや風合いも素晴らしい。
「で、でも、
「ATMはあちらです」
「う……」
なんでATMなんてあるんだ! パーキングエリアってどこもこんなに便利なのか!?
「さぁ! 今から120キロ区間をより安全に走るためにも!」
「あ、う」
「さぁさぁ!」
フィリーが迫る。双眸を
「——あ」
その時だった。フィリーが棚の一角に目を向けてフリーズした。何事だろうか。私もそちらに顔を向けた。
「あ」
そこにはこう書かれていた。
『こちらのレザージャケットはサンプルです。ご注文からお渡しまで2週間程度かかります』
「「……あー」」
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