第76話 高速道路:そこを疑問に思ってはいけない
静岡。
「1時間」
豊橋。
「1時間」
名古屋。
「2時間半」
下田、伊勢。
「4時間」
長野、横浜、東京
「5時間……」
ぽてっ。
スマホと体をベッドに投げ出す。近隣(?)の都市や観光地までの所要時間を調べただけで疲れてしまった。
「遠い」
まだ午前中とはいえ真夏。暑さもホットタイムではないが、
(山中湖で片道3時間だったっけ……)
何時間もバイクに乗り続けて楽しかったには違いない。しかし走り続けたことで激しく疲労を溜めたのもまた真ではある。人間である以上、1日の間にバイクに乗っていられる時間には制限があった。
(……夏してんなぁ)
窓の外。太陽は激しく地表を照らし出していて、そのあまりの光量に街から色がほとんど消え失せていた。平然と鮮やかな色を保っているのは空の青だけだ。陽炎の揺らめきが、こころなしかセミの合唱とリズムを合わせているように見える。
(もっと疲れるよね……)
上昇した気温、強い日射し、高い湿度—— 山中湖へ行った時と比べると、環境は格段に厳しくなっている。走行による体力の消耗ははるかに大きくなるだろう。そしてその消耗は心身の動きを低下させ、事故を招く。
(消耗を抑える方法は2つ)
何らかの方法で暑さを回避すること。
そして、”移動時間を短くする”こと。
「……よし」
意を決して体を起こす。
静岡1時間、名古屋2時間半、東京5時間。
それは全て下道を通って目指した場合の所要時間だ。アレを利用すれば事情は変わる。
「高速、走ってみるか」
東名高速道路。
東京と名古屋を結び、途中にある数多の都市や工業地帯を貫く日本の大動脈だ。地図上では【E1】とも表示されている。
昼夜を問わず自動車が行き交い、この国の経済を回している。もちろん商いではない人の移動にも絶大なる貢献をしていて、お盆休みが近い近頃は、テレビでしきりに分散利用を呼び掛けられている。
交通集中の緩和と東海地震に備えた経路の二重化を狙ってか、新東名高速道路【E1A】がほぼ並走するように通っていた。制限速度が一部区間で時速120キロだったり、道幅が広く起伏もなだらかになっているのは新東名の方だが、市街地からのアクセスが良いのは断然E1の方だった。例えばE1の浜松インターチェンジはこの自宅からは目と鼻の先にあるが、E1Aは浜北だ。市街地からは1時間くらいかかる。
(高速高速……)
一般道路と大きく違うのは制限速度がおおむね100キロまで出せること。それから通行には料金がかかることだ。この2つはバイクにとってメリットでもありデメリットでもあった。
バイクは軽く小さく馬力があるので、自動車と比べると速度は出やすい。しかし運転手は剥き出しなので常に強い風に晒されるし、軽くて小さいというのは風に流されやすいという意味でもある。
料金がかかるというのは交通量の軽減の効果があり、少ない交通量は快適な道路状況を作り出す。バイクもその恩恵を受けることができる。しかし一方で、ライダーにとって”料金を支払う”という行為がこれ以上無いほど曲者で、忘れた頃に現れてはライダーを慌てさせる。
というのは知識として知っているだけに過ぎない。実感はまったく伴っていない。実際のところは自分で確かめてみる必要がある。
(ひ、必要……あるんだろうか)
そこを疑問に思ってはやっていけないのがライダーというものだろう。私はともかく装備と財布を持って、エストレヤに向かっていった。
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