第65話 輝きの行方



『白河の清きに魚の住みかねて、元の濁りの田沼恋しき……』


「……は?」



 バイト終わりにスマホに届いていたメッセージ。


 正体は江戸時代に読まれた短歌だ。透明すぎる水では魚も住みづらく、濁った水が恋しいという意味で、幕府による引き締めが強すぎて生活が窮屈きゅうくつになったことで、ひと昔前の賄賂がはびこっていたような時代が懐かしいと歌ったものだった。差出人はフィリー。こちらの返信を待たずにツラツラとメッセージが連投される。


『聞いてよ……』

『メグがバイト先にバイク停めて学校行ってるって話聞いて』

『私もマネして』

『学校の近くのバイク置ける駐車場にバイクを置いて学校行ってみたの』

『明日で最終日だし』

『そしたら』

『速攻でバレてゲロ怒られた!』

『怒られたんだけど!?』


 キレられても。


『ウチの学校が厳しすぎる件』


『だからといってわが校が賄賂わいろまみれみたいなぐさは誠に遺憾』


 うちはユルいだけだ。


『まあ、磐田はゴミの分別とかも厳しくて有名だから』


『厳しすぎるぅ、明日終業式終わったら反省文書いて帰れとか言われるし……』


『退学じゃなくてよかったと思った方がいい』


『ワタシニポンゴワカリマセンしようかなぁ……』


 フィリー。


 フルネームはフレイア・グロリオサ。フィリーはあだ名だ。彼女も女子高生ライダーであり、愛車はヤマハ・ドラッグスター400クラシック。金髪、長身、豊満な胸、日本人離れした顔の造形から察するに外国人だと思われるが、実際のところは確認していない。磐田市在住で、弁天島でハンバーガーを食べていたら絡まれて知り合い、今に至る。


 ウィーチューバーとして活動しており、【フィリーモーターサイクル】なるチャンネルを運営している。メインコンテンツはバイクの車載動画やバイク関連商品のレビュー動画だ。かくいう私も彼女のレビュー動画を見たことがあるが、アングルがアレで役に立たなかった。


 動画での語りは基本日本語なのだが、英語の字幕もついている。そのおかげか否か、登録者数は国内外合わせてとんでもない数になっており、もしかしたらウィーチューバーで食べていけるのではないだろうか。


 なお、この前は『バイクでUSA行ってみた!』などといって、岐阜県岐阜市にある宇佐(USA)へ行った動画をアップロードしたことでコメント欄が荒らされていた。


『というわけで私の夏休みは数時間減ったわ』


『軽傷』


『メグは夏休み北海道行くの?』


『夏はもちろん北海道行くでしょ、みたいに言われても』


『ライダーにとって夏の北海道は聖地のひとつ! 行かない理由が無い!』


『行ったことあるんだ』


『無い!』


「……」


 しゃべっていても文面でも相手をしていると疲れる。それがフィリーだ。性格はメーターが振り切れたような陽気さをしており、私のようなタイプの人間は彼女から放出されるエネルギーを浴びているとスリップダメージを受ける。例えるなら至近距離でメガホンを使って話しかけられている感じだろうか。


『忙しいので私はこれで……』


『北海道とはいかないまでも、どこか行かないの? 何か予定は?』


『友だちにも聞かれたけど、バイトくらい』


『長期の休みが取れるのなんて学生のうちだけらしいし』


『む……』


 先ほどの店長とのやり取りを思い出す。休む権利は子供の内の方があるらしい。たしかに、両親が何日もずっと家にいた記憶なんて一切ない。例のウイルスの流行がピークだった頃ならたまに在宅はしていたが、べつに休んでいたわけでもない。確かに、今のうち、というやつなのかもしれない。


 店を出てエストレヤに歩み寄る。駐車場のオレンジの照明に照らされて、車体が淡く輝いている。薄暗い中でもわかる造形美は、クラシカルと呼ばれるもの。


(……輝いた今が残って、クラシカルになるのかな)


「……」


 そんなことを考えたあと、フィリーへの返信をスマホへ打ち込んで送信した。ちょっと考えてみる、と。




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