2章
第63話 梅雨の終わり、夏の始まり
ライダーをうんざりさせる梅雨。
それ乗り越えたころには、暦はもう7月の下旬に差し掛かっていた。
7月の下旬というと、教室はもう夏休みの話題でもちきりだ。期末テストの返却も終わり、明日はもう終業式となっている。ある者は遊びに行く計画を立て、またある者は部活で日々を埋め尽くされ、またある者は塾の講習が待っている。
一方で自分はというと、夏休みの予定は特にない。遊びに行くクラスメイトもいないし、部活にも入っていないし、塾へ行くほど勉強熱心でもない。普段の生活から学校という要素がすぽっと抜け落ちるだけだ。
「メグちゃん」
とん、と肩甲骨の辺りに何かが触れる。振り返ると、華奢で全体的に色素の薄い、長すぎる前髪とメガネが印象的な女の子がいた。背中に触れたのは彼女の指先だ。こちらに大人しく視線を向けることができず、時折視線が合ったと思うとすぐに反らされた。そうだった、クラスメイトといえばこの子がいる。
また、同人ゲーム制作者として【
バイト先で声を掛けられたが同じクラスの子だと分からなかった上に、彼女が隠していたゲーム制作という趣味を知ってしまうという最高に気まずい出会いをしたクラスメイトだ。……ちなみにクラスは1年生の時も一緒だったらしいので、厳密な出会いはあの時ではない。
ただ、今思えばあの出来事があったからこそ、今も関係が続いているのだと思う。
「メ、メグちゃんは夏休み……どう、するの?」
「んー……」
繰り返しになるがこれといって考えていない。いままでの夏休みをどう過ごしていたか参考にしようと思ったが、去年はずっとバイトしていたし、中学の頃は全く思い出せない。
「とりあえずバイト、かな。ミソラは?」
「お盆以外は特に何も……いつも通り?」
いつも通りというのはゲーム制作に関わる作業をひたすらするということだろう。登校するというタスクが無くなる以上、彼女の色白さにますます拍車がかかりそうだ。
「バイクでどこか、どこか出かけたりしない、の?」
「それは……悩み中。暑いんだよね」
梅雨の晴れ間に何度かバイクにまたがった。7月に入ってからは山中湖に行ったころとは比べ物にならないほどに気温と湿度は上昇していた。常に風に吹かれるバイクは涼しげに映るが、その実、直射日光と熱風と発熱するエンジンと密閉されたヘルメットで灼熱地獄と化す。
「あの……よかったら夏休みに、どこか一緒に――」
「髪もぺしゃんこになるから、出かけた先でうろうろするのもあんまり……あ、そうだ。帽子欲しかったんだ」
「行きませんか……! —— え?」
帽子があれば、長時間メットを被ったことでぺしゃんこになった髪も誤魔化せる。夏場なら暑さ対策にもなって一石二鳥だ。
「ミソラ、帽子売ってるお店知ってる?」
「あ、えっと、つ、通販派です……あ、嘘です。話しかけてくる店員さんが無理なだけで通販が好きというわけでもない、です……」
「そうなんだ、私もだけど。ほら、
「行く!」
「あ、うん」
いきなり大声出されて、おまけに両手を握られてびっくりした。挙動不審だった彼女の双眸も、今はまっすぐこちらを見つめている。
「じゃあそういうことで。バイトのシフト確認したらまた連絡するから」
これで予定はまず一つ。
軽く手を掲げて「また明日」と教室を出る。冷房の効いている教室と違い、廊下は熱気が充満していた。窓が開いていて、セミの鳴き声が反響している。高い太陽、その眩しい日射しに照らされた、窓の外の風景がグラグラと揺らぐ。下駄箱へ向かう道すがらに一瞬で噴き出した汗をぬぐいながら、強く実感する。
「……夏だ」
夏が、来た。
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