第54話 山中湖:それがなんだというのか
富士市は工業の街だ。
特に製紙業が有名で、背後にそびえる富士山がもたらす豊富な水資源が、紙の生産にうってつけだったことが製紙業が栄えた大きな理由だ。
時代が移り変わって、工場が海外に出て行ってしまったりもしているが、それでもまだこの街では、いくつもの煙突が白い蒸気を立ち上らせている。かつて貨物を運搬して活躍していた
鉄道といえば
(……工場ばっかりだ)
道の駅を出てすぐは下道で、周りにはコンビニやガソリンスタンド、一般向けの飲食店・小売店などが見受けられた。しかしほどなくて国1はまた高架に乗り上げ、車が走ることだけに最適化された道へと変貌する。
交差点は無い。信号も無い。防音フェンスのせいで展望もほとんどない。富士山も見えなくなった。時折設けられた金網フェンスから覗く市街地や、防音フェンスよりも高くそびえる看板や工場建築が、かろうじて富士の街並みをバイパスに届けている。高架上の看板に地名が書いてあってはじめて自分がいる場所が分かる。バイパスはどこもこんな感じらしい――ワープしているみたいだ。
(まぁワープしたことないけど……)
でもきっとこんな感じだ。殺風景な景色を抜けると、いつのまにか目的地に着いている。もっというのなら、つい最近まで半径5キロの世界で生きていた自分にとって、いま自分がこの
(バイクってすごいな)
自動車ではこうはいかない。なぜなら17歳では免許が取れないから。自動車運転免許と自動車では、17歳の高校生を、その身ひとつで遠方へ送り届けることはできない。
(どこにでも行けるかもしれない)
……などと増長していたからだろう。気が付くのが遅かった。
「——あ!」
思わず振り返る。しかしすぐに前を向いた。無理やり前を向いた。
運転中に進行方向を見ないことは、バイクでは車以上に命とりだ。ハンドルを真っ直ぐにしていれば直進する自動車と異なり、バイクは些細な重心移動で進路が傾いていくからだ。
(やってしまった……)
過ぎ去っていく景色を流し見しつつ、自分がやらかしたこと、そしてそのリカバリー方法について思考を巡らせる。
「……降りるインター通り過ぎた」
国1を行き交う自動車に押されるようにして、下道に降りるはずだったインターチェンジの分岐から、私たちは遠ざかっていくのだった。
(どうしよう……)
地図が見たい。ここが下道であればバイクを停めてマップを確認するところだ。
しかしここはバイパス。しかも高架。この道路の上では駐車はおろか、停車すらすることができない。道沿いの路肩には【駐停車禁止】のマークが体感50メートルおきに設置されている。非常用の駐車スペースもあるが、地図を見たいという目的で駐車してはいけないのは明白だ。もしお巡りさんに見つかればサインを求められる展開になるだろう。
(ここどこ……いや、富士市のどこかではあるんだろうけど)
悩んでいる間にも景色は流れていく。どんどん流れていく。そうしている間に現れる分岐にも降りる決断を下せずチャンスを逃していく。あとから冷静に考えれば、適当なインターチェンジで降りて、その先あったコンビニか何かで仕切り直せばよかったものを。
「……」
おぼろげな記憶を辿る。
たしか本来であれば通り過ぎたインターチェンジで下道に降りて、富士山と愛鷹山の間の道を抜けて山中湖に向かう予定だったはずだ。しかし今、その分岐を通り過ぎてしまった、かつ道が分からないので計画が狂っている状態だ。
(……待てよ)
詳しい道は分からない。しかしおおよそは頭に入っている。
(沼津の方からも富士山には行けるんじゃない?)
富士山と愛鷹山の間を抜ける国道469号線はあくまで最短ルート。しかも高速道路を使わない場合での、だ。
エストレヤは高速道路だって走ることができる。つまり「まだ高速はちょっと……」などと日和らなければ、もっと早く目的地にたどり着くことができていたのだ。
つまり何が言いたいかというと。
(ちょっとぐらい遠回りしたからなんだというのか)
どこまでも行けそうと思ったのなら、いくらだって遠回りしてやればいいのだ。
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