第51話 山中湖:遠く、淡く



(あれが静岡の街……かな?)


 長いトンネルを抜ける。川にかかる橋がすぐに待っていた。

 騒音対策のフェンスが無い。展望が開けていた。だから数キロ離れた静岡の市街地を望むことができた。だいぶ街を外れて道が通ってるんだな、なんて思ったが、よくよく考えればだからこそ国1なのだとは後から気が付いた。


(……意外とこじんまりしてる)


 静岡といえば県庁所在地だ。静岡県の中枢機能がこの街にある。その割には何だか小さくまとまり過ぎているような気がした。大きなビルはいくつか建っているが、アクトタワーのようなシンボルめいた建物があるわけでもないし、山がすぐそこに迫っていて街を広げられる平地がそもそも狭い。これでは浜松の方が街が大きいくらいだ。家康が何を思ってここで隠居していたのかよく分からなかった。


 川を渡り終わったと思ったら、またすぐに川を渡り始めた。安倍川だ。


(安倍川……)


 といえば。


(……安倍川もち)


 他に何か思い浮かばないのかと我ながら思う。しかし仕方がない。安倍川といったら安倍川もちだ。かつて安倍川で採取できた砂金、それに見立てたきな粉を餅にまぶしたものだ。静岡以外でも割と購入でき、安倍川がどこにあるか知らないが、安倍川もちは知っているという人はけっこう多いのではないだろうか。浜松でも駅の土産物のコーナーとかで売っていたりする。中学の時に修学旅行で行った東京駅でも売っていた。


(ていうか、そろそろ富士山見えないかな)


 おそらく大井川以来の展望。そして今は大井川よりも富士山に近い。ぼちぼち見えてもいいはずだ。


 しかし。


(よくわからん……)


 富士山があるであろう方向には雲がかかっていた。あくまでおそらくであって、もしかしたら見当違いの方を見ているのかもしれないし、あるいは手前の山でそもそも富士山まで視線を通すことはできないのかもしれない。何しろ実質初めての土地だった。


(向こうの山の方はずっと奥まで見える……)


 安倍川はずっと北の方から流れてきている。その流れはそのまま深い視野を確保していた。静岡県の北部に横たわる、いわゆる南アルプスの山々のつらなりが垣間見える。遠くへ行くほどに積み重なる空気の層が、遥か奥まで佇む山々、その緑を、淡く空の色に馴染ませていた。







 道なりに進んでまたトンネルを抜けた。相変わらず高架が続いている。時折両側の防音フェンスが途切れていて、静岡の街並みを望むことができた。


(……あれが日本平かな?)


 街並みを挟んだ反対側に緑色の丘陵が横たわっている。日本平と北の山地の狭間に静岡の街が広がっていた。記憶が正しければ、日本平の向こう側は海になっている。


 日本平は動物園や久能山くのうざん東照宮とうしょうぐう、ロープウェイなどで有名だ。加えて、地図を眺めていたらライダーとしては見過ごせない文字列を見つけることができる。


(日本平パークウェイもあそこにあるんだよね、たぶん)


 かつては有料道路だったらしいが、今は無料で通行できるそうだ。起伏とカーブに富んだルートで、春は桜、秋は紅葉が道路沿いで楽しめる。頂上には展望台もあって観光地になっているそうだ。


(パークウェイは行こう、そのうち)


 そこから先は数キロに渡って清々しいまでの直線が続いた。高架が終わるまでずっとだ。ともすれば眠っていても大丈夫そうだった。


 高架が終わるとそこはもう清水だった。清水港や、磐田と同じようにサッカーチームがあることで有名だ。高架の終端は高速のインターチェンジが目の前なせいか、朝早いにも関わらず凄まじい交通量を湛えていた。広い道路なのに、車がぎっしりで暑苦しいくらいだった。


 下道になったのでどこかで休憩したいな、なんて思っていたら、あっという間にまた高架になってしまった。そして道なりに進み、【甲府こうふ身延みのぶ】と書かれた青い看板が示す、国道52号線との分岐に差し掛かったころ、久々な香りが鼻先に触れた。それにつられて視線を上げる。


「!」


 体にぶつかる風はどこか湿り気が増している。心なしか陽射しが強くなったような気がするのは、太陽が高くなったからという理由だけではないだろう。揺れる水面が光を照り返していた。


(海だ……!)




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