第46話 山中湖:従姉からの依頼


(……流れが速い)


 自宅から自動車街通りへ出て東進すると、車線はそのまま国1コクイチへといざなわれる。南の方から北上してきた国1と合流する形だ。浜松の中心市街地をぶち抜く旧・国1である国道152号線、それから東名高速道路へ連絡する県道65号線とでジャンクションを形成した国1は、それらの道路を巻き込むようにして天竜川を渡る。


 国1が通る橋は【新天竜川橋】と呼ばれ、片側4車線、上下線合わせると8車線にも及ぶ横幅を持つ。長さ約1キロ近い直線で、しかも広々として見通しが良いとくれば、ついスピードを出してしまう人々がいる。ゆるむのはアクセルを踏む足やスロットルを回す手ではなく、安全運転に努める心だったようだ。


(ここの制限速度って60キロだよね……?)


 エストレヤの速度計に目を落とす。メーターはちょうど60キロを差していた。そして周囲に特に標識がないのでここは法定速度、つまり時速60キロまでしかスピードを出すことができない。


 はずなのだが。



 ビュンッ!!



(いやいや……)


 とんでもない速度の車両に次々と追い抜かされていく。おそらく90キロ前後、いや、ヘタをしたら100キロ近く出ているかもしれない。テールランプがどんどん遠くなっていく。こちらと速度帯を同じくしているのは運送トラックがほとんどだ。


『国1の橋は気を付けなよー。ついスピード出したくなるけど、あそこはしょっちゅう覆面とか白バイが取り締まりしてるからねー』


 と、自動車学校で教官が言っていたが、お巡りさんも24時間取り締まりをしているわけではない。


(……夜明けだ)


 右側。海の方で光がちらつく。ちらりとそちらに視線を向けると、テールランプにも似た赤色をした太陽が顔を出していた。頭上に広がるまばらな雲に、オレンジ色の光が射す。西の空に深く沈む藍の色は、間もなく浜北の山々に顔を隠すだろう。そんな景色を全身に浴びる。


(綺麗だな……)


 梅雨の晴れ間に恵まれた週末。


 その一幕は、ひとつのメッセージがきっかけに始まっていた。







『富士山の写真送って☆』


 ある朝に届いていたメッセージだった。差出人はエストレヤのかつての持ち主、私の従姉だ。


『職場の人たちが見てみたいんだってー。浜松の様子も見てみたいとか言ってたけど、そっちはお母さんに頼むから、メグちゃんは富士山をお願い(はぁと)。山中湖とかオススメ! ツーリングにちょうどいいでしょ? バシャバシャ撮ってじゃんじゃん送ってね!』


 断るつもりはないものの、断ることはできない勢いだった。なんだかちょっとフィリーに似ている。


「山中湖……」


 スマホでマップを表示する。検索をかけるとすぐに山中湖にジャンプした。徐々に表示範囲を広げていくと、富士山の東側にある湖だとわかった。


「山梨県なんだ」


 遠そうだな、なんてぼんやりした感想を抱く。現在地からのルート検索をするとおおよその所要時間が分かるので検索してみる。


「2時間半……」


 いや、違う。


 高速はまだちょっと乗る勇気がない、行くなら下道だ。それで検索し直すと。


「3時間かぁ」


 どんなルートを通るのか、すこしずつ地図をスワイプしていく。磐田や袋井といった地域はまだ馴染みがあるが、次第に焼津や藤枝、静岡、清水といった、ニュースくらいでしか聞かない地名が現れる。そのルートのほとんどが国1で構成されていた。



(……バイクで行けるんだ)



 それが最初に抱いた感想だった。

 これまでの移動手段といえば、徒歩と自転車以外には公共交通機関しかない。つまり例えば、静岡まで行こうとするのなら、鉄道以外の選択肢はほとんどない。磐田や静岡、そして富士山の東の山中湖まで、道がつながっているという実感は無いに等しかった。


(行けるのかな、本当に)


 本当に、道はつながっているのだろうか?




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