第32話 バイクで学校には行けない
放課後になってバイト先に向かう。
放課からバイトまではけっこう時間に余裕があった。なのでその間に課題や予習を済ませてしまう。放課後はバイト、休みの日はバイクでどこかに出かける、という生活では勉強時間が確保できないかも、などと考えていたが、割と良いルーティンが組めそうだった。
学校からバイト先までは自転車で10分未満といったところ。
自転車で感じる風はさらさらと流れる。それはそれで良いものだ。だけどバイクのエンジンが吐き出す鼓動や振動、それらが生み出すスピードで風を切り裂く感触に比べると、やはりどこか物足りない気がした。
「おはようございます」
誰にとも知れずバックヤードで口にする挨拶。時刻は問わず、出勤した時は「おはようございます」というのがお店のルールだった。挨拶することがまずルールになっているし、挨拶が「おはようございます」で指定されているのが教室とは違うところだ。
更衣室で制服に着替える。手洗いや今日の注意事項の確認――たまに品切れの商品があってオーダーを断らなくてはいけなかったりする――を済ませ、出勤処理をしたらバイトのスタートだ。
午後9時。
今日のシフトは終わりだ。さすがは平日の夜といったところで、休みの日と比べるとお客さんは格段に少ない。ただ、少ないといっても暇というほどでもないので、そこそこに疲労感はあった。ここからの帰り道は下り坂と平地しかないが、自転車で家まで帰ることを考えると億劫だった。
「君影さんおつかれー」
「あ、お疲れ様です」
店長が颯爽と休憩スペースに入ってきた。1日中働いているのに笑みが絶えないあたり、この人は本当にタフだと思う。
「こっちの店にはもう慣れた?」
「はい、だいぶ」
「良かった。こっちは設備も新しいからトラブル少なくて私も快適だわ」
「たまに前の店に行きそうになりますね」
「あはは、あるある」
雑談もそこそこに、店長は紙袋をこちらに差し出した。中身は店で出しているパンだ。食パンやらイングリッシュマフィンやらクロワッサンやらが混ざっている。
「これ持ってってくれない? 廃棄するヤツだけど、まだ食べられるしもったいないから」
「良いんですか、そういうの」
「ホントはダメだけどね。まぁ自己責任ってことで」
「ありがとうございます。弟が喜びます」
「好きなの?」
「食事は弟が作ってくれてるので」
「あっ、なるほど」
弟が日々メニューに頭を悩ませているのは知っている。食べ盛りでもある。なので一石二鳥だった。
「暗いから気を付けてね。そういえば今日自転車で来てたみたいだけど、バイクはどうしたの?」
「学校があるのでバイクでは来られません」
それを聞いた店長は、不思議そうに目をパチパチさせた。
「なら、シフト入ってる日はお店にバイク停めて学校行けば?」
「え」
思わず声が出ていた。どうにも解決策が思い付かず、考えるのも早々にやめていた課題に、急に光が射したからだ。
「い、いいんですか」
「全然オッケー全然オッケー」
店長はパンの入った紙袋をこちらに押し付ける。
「正直心配だったのよね。ほら、バイト終わると夜遅いじゃない? 君影さん女の子だし、あんまり遅くに自転車で帰らせるのもなぁって思ってたの。遠い店に来てもらった手前もある」
ここから学校までは歩いて15分といったところ。自転車だけの場合と、エストレヤ+歩きの場合の所要時間はそう変わらないだろう。歩く必要はあるが、あの坂道を自力で上る疲労に比べたら楽に違いない。
バイクで学校には行けない。
しかしバイト先へだったら話は別。言い訳も立つ。
「助かります」
「あ、バイト無い日は勘弁してね。何かあった時さすがに私も本社とかに説明できないから」
当然だ。しかしそれでもありがたい。なんなら毎日バイトを入れたいぐらいだった。いや、それもアリかもしれない。
「じゃあお疲れさま~」
「お疲れさまでした」
頭が下がる。実際店長の背中におじぎをしてから店を出た。
「……」
もらったパンで荷物が増えた。
だけど自転車へ向かう足取りは、自分でも面白いくらいに軽かった。
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