第14話 スケール


(えっ……えっ!?)


 無い。どう見ても無い。


 速度メーター、タコメーター、時計。


 以上。


 なんてシンプルなメーター回りなのだろう。故障が少なそうだ。


「いや、感動してる場合じゃないし」


 などというセルフつっこみをしたちょうどその時、行く先にガソリンスタンドの看板が顔を覗かせた。無意味に背が高いと思っていた看板を初めてありがたく感じた。残油量はわからないが、とりあえず満タンにしておけば家には帰れるだろう。スーパーに隣接したガソリンスタンドに、バイクの食事だとばかりに車体を滑り込ませた。


(なん、で、ない、の)


 他にお客さんがいないことを確認して、給油そっちのけでスマホで検索する。検索結果とにらめっこして数十秒、あっさりと答えにたどり着く。



『エストレヤにはガソリンメーターがありません。走行距離から判断しましょう』



「……まじかぁ」


 よくよく読んでみると、オートバイという乗り物はガソリンメーターが無いことはわりとあるようだった。


(タンク容量が13リットルで、燃費はリッター39キロメートル…)


 タンクを満タンにすれば、理論上は507キロ走行できることになる。だが実際はそうもいかないことは予想できるし、非常用であるリザーブタンク分は基本使わないことを考慮すれば。


(350キロくらい走ったら給油するのが無難かな)


 350キロ。


 その何気なく導かれた数値は、今までの自分の生活とは全く無縁のスケールだった。体力測定の持久走の距離は1キロだし、通学距離もせいぜい5キロ程度だ。遠い昔に家族と行った静岡や豊橋はやたらと遠い印象だったが、それでも数十キロしか離れていないだろう。


(そんなに走るんだ)


 自動車と比べれば遥かに小さく、おまけに車輪は2つしかついていないこの乗り物が、何百キロもの走行に耐えるという事実が、とてつもない驚異に感じた。


 このマシンは私をどこまで連れていってくれるのだろう。先ほどまでの走りを思い出す。あの穏やかでねばり強い走りであれば、どこまででも連れていってくれるような気がした。


「あ、給油」


 本題を忘れるところだった。操作パネルでレギュラーガソリンを選んで給油を始める。静電気除去シートに触れてから、キーを鍵穴から外してガソリンタンクのフタの鍵穴に差し込む。鍵を90度ひねると、バネでぱかんとフタが開いた。中を覗き込むと、ありがたいことに半分くらいは中身があった。しかし走行距離から残油量を判断しなければならない特性上、燃料はこまめに満タンにするのが定石だろう。


 給油ノズルのトリガーを引くと、ガソリンがノズルから注がれはじめる。タンクを満たした後、エストレヤのエンジンをかけた。時刻が表示されていた液晶パネルのスイッチを何度か押し、トリップメーターに切り替えて走行距離をリセットした。


(350キロか……)


 どこまでいけるだろうか。


 家に帰ったら調べてみようと思った。



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